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ラベンナ ラベンナ Ravenna

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラベンナ
ラベンナ
Ravenna

イタリア北部,エミリアロマーニャ州の東部,ラベンナ県の県都。ベネチア南方 110km,アドリア海岸に近い平地を占める。かつてはポー川分流の河口に近く,港となっていた。テッサリア人が建設し,前 191年にローマの支配下となった。

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デジタル大辞泉の解説

ラベンナ(Ravenna)

イタリア北東部の工業都市アドリア海近くにあり、古代ローマの艦隊根拠地として発展。西ローマ帝国の帝都、東ゴート王国の首都として繁栄、16世紀初めローマ教皇領となった。ビザンチン式モザイクの施された聖堂が多く残り、1996年「ラベンナの初期キリスト教建築物群」の名で世界遺産文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

ラベンナ

イタリア中部エミリア・ロマーニャ州の都市。ボローニャの東約70km,アドリア海岸から約10kmにある。農産物の集散・加工地で,精油業も行われ,付近で天然ガスを産出。
→関連項目ラベンナの初期キリスト教建築物群

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世界大百科事典 第2版の解説

ラベンナ【Ravenna】

イタリア中北部,エミリア・ロマーニャ州の同名県の県都。人口13万7600(1980)。アドリア海から約10km内陸に位置。古代ローマ時代には,海岸に沿ったローマ道上にある軍事上の要地であった。402年,ミラノにかわって西ローマ帝国の首都となり,476年に帝国を倒したオドアケル,493年に彼を破ったテオドリック大王もここを都とした。540年,ユスティニアヌス1世(大帝)が攻略し,ビザンティン帝国の主要都市となる。

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大辞林 第三版の解説

ラベンナ【Ravenna】

イタリア北東部の都市。石油化学・セメントなどの工業が盛ん。ビザンチン様式の古建築が多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラベンナ
らべんな
Ravenna

イタリア北東部、エミリア・ロマーニャ州ラベンナ県の県都。人口13万8204(2001国勢調査速報値)。全長12キロメートルのコルシーニ運河によってアドリア海に面するポルト・コルシーニと結ばれる。豊かな農業地帯に位置し、農産物の取引や食品工業が行われていたが、1953年メタンガス田の発見を契機として重化学工業都市に転身し、石油化学石油精製、繊維、セメントなどの工業が発達した。ビザンティン式モザイク芸術の宝庫であり、ガッラ・プラチーディア廟墓(びょうぼ)(5世紀)、サン・ビターレ聖堂、サン・タポリナーレ・ヌオーボ聖堂、近郊のクラッセにあるサン・タポリナーレ・イン・クラッセ聖堂(いずれも6世紀)などに傑作をとどめている。サン・ビターレ聖堂のユスティニアヌスとテオドラのモザイクはとくに有名。[堺 憲一]

歴史

海に向かって開け、内陸部に対しては沼沢地を天然の要塞(ようさい)としたラベンナは、すでに紀元前1世紀から軍事的要地であった。ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス(在位前27~後14)がクラッセ港を開き艦隊基地としてから急速に発展し、402年西ローマ帝国の首都がミラノから当地に移されてさらに拡大整備された。帝国を倒したオドアケル、493年に彼を倒した東ゴート王テオドリックもここを首都とし、ユスティニアヌス1世のイタリア再征服(554)以後は、ビザンティン帝国の出先行政府の所在地となった。6世紀を頂点にその繁栄は陰りをみせ始め、751年ランゴバルド人に征服され、756年フランク王ピピンにより教皇領とされた。神聖ローマ帝国成立後の一時期、皇帝の大封臣たるラベンナ大司教の下で昔日の繁栄を若干取り戻したと考えられ、コムーネ(自治都市)としての成立はイタリアでももっとも早い時期に属する。1321年にはダンテがここで没した。15世紀にはベネチアの支配下に入るが、1509年教皇に返還された。ナポレオンによる制圧後、1815年に教皇に返還され、1860年イタリア王国に統合された。[後藤篤子]

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世界大百科事典内のラベンナの言及

【初期キリスト教美術】より

…他方ローマを中心とする西地中海世界の美術は,476年西ローマ帝国が滅亡するころには量質ともに低下し,一地方的様式に近づいた(ボエティウスの象牙二連板,487)。ただし,ラベンナのように,東ゴートによる短期間の支配の時期を除いてビザンティンと長く強い連帯を維持した所では,5~6世紀にかけて,ビザンティン的傾向の強い数々の優作を生んだ(王妃ガラ・プラキディアの廟堂モザイク,450ころ)。またこの時期には,《ウェルギリウス・ウァティカヌス》(400ころ),《ミラノのイリアス》(500ころ)のようなみごとな挿絵入りの古代風写本が生まれている。…

【ビザンティン美術】より

…その源流ともいうべきものが上部シリアのドゥラ・ユーロポスの遺跡で発掘された壁画(3世紀前半)に認められるが,初期に絵画が発達したはずのシリア,パレスティナ地方には実物はほとんど残っていない。ユスティニアヌス1世を中心とする5~6世紀の黄金時代のものは,シリア,小アジア,ギリシア各地の装飾絵画(とくにモザイク)が8~9世紀のイコノクラスムやイスラム教徒の侵入などで,テッサロニキ,シナイ山などわずかな例を除いて,ほとんど姿を消したのに対し,北イタリアの都市ラベンナに豊富に残っている。ガラ・プラチディアGalla Placidia廟や大聖堂(正統派)洗礼堂などは5世紀のもので,古代的感覚がまだ多少とも認められるが,6世紀にはいってサンタポリナーレ・ヌオーボ聖堂やとくにサン・ビターレ聖堂において東方的な壮麗豪華な様式が十分な成熟をとげている。…

【モザイク】より

…バシリカ式教会堂ではおもにアプスや凱旋門型アーチ壁面,クリアストーリー(身廊の壁)に,また洗礼堂など集中式建築ではドーム天井や周囲の壁にモザイクがほどこされ,神学的なプログラムに従って,旧約・新約聖書の説話場面,キリストや聖人,預言者の像,象徴的な図像などが展開された。現存する4~5世紀の作品には,ローマ市ではサンタ・コスタンツァ廟(4世紀前半),サンタ・プデンツィアーナ教会(401‐417),サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の洗礼堂(461‐468),サンタ・マリア・マッジョーレ教会(432‐440)など,またその他の地方ではラベンナのガラ・プラキディア廟(424‐450),テッサロニキのアギオス・ゲオルギオス(5世紀初め)などのモザイクがある。 ビザンティン皇帝ユスティニアヌス1世時代の作に,ラベンナに残るサン・ビターレ教会(525‐547。…

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