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ラマルチーヌ ラマルチーヌ Lamartine, Alphonse de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラマルチーヌ
ラマルチーヌ
Lamartine, Alphonse de

[生]1790.10.21. マコン
[没]1869.2.28. パリ
フランスの詩人,政治家。ブルゴーニュ地方の小貴族の家に生れ,ベレなどで教育を受けたのち,1811年イタリアに旅行。 16年エクス=レ=バンでシャルル夫人を知り愛し合ったが,翌年に夫人は他界,その絶望から『瞑想詩集』 Les Méditations (1820) を書き,一躍文名を高めた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラマルチーヌ
らまるちーぬ
Alphonse de Lamartine
(1790―1869)

フランスの詩人、政治家。パリ南東の地方都市マコンに王党派貴族の子として生まれる。リヨンの大学で法律学を学ぶ一方、新進のロマン派詩人として有名になった。1820年の『瞑想(めいそう)詩集』Mditations potiquesに収められた「湖水」は、人々に愛唱された。同年イギリス女性と結婚し、またナポリ駐在の外交官となってイタリアに赴任した。詩作のかたわら、彼の関心は宗教や政治に向かうようになり、確固たる原則に基づく合理的政治を求めて、普通選挙や言論の自由、無償義務教育、国家と教会の分離などを主張した。1833年にはノール県選出の国会議員となり、七月王政下の野党議員として活動した。彼の政治的立場は、社会問題を重視するブルジョア的合理主義であった。
 「一八四八年の革命」で、彼は臨時政府の事実上の首班となった。共和制を確立し、テロリズムを排除し、社会的施策を実施することが、彼のねらいであった。赤旗を退けて三色旗を守り、失業者のために「国立工場」を設立し、普通選挙を実施して第二共和政の安定化を図った。しかし、彼の意図に反して、4月の総選挙後の政局は急速に右傾化し、ラマルチーヌの改革はすべて葬られ、ルイ・ナポレオンが台頭することとなって引退を余儀なくされ、文筆生活に復帰した。[河野健二]
『河野健二著『現代史の幕あけ』(岩波新書)』

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