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ラングドック Languedoc

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラングドック
Languedoc

フランス南部,地中海沿岸西部の地方。旧州。アルデーシュ,ガール,エローの3県と,オード県の大部分,および周辺6県の一部から成る。ローヌ河口以西地中海岸の低ラングドックと,ガロンヌ川とその諸支流の上流域に広がる高ラングドックに分れる。中心都市はツールーズモンペリエ。その名は北フランスのオイル oïlないしウイ oui (諾の意) に相当する語オック oc (ラングドック) に由来し,独自の南仏言語文化圏を形成した。前 121年以来ローマの属州となり,その文化の強い影響を受け長らくローマ的成文法,二圃制農法が守られ北フランスと対照的な地方個性を創出した。カロリング朝時代からカペー朝期に入っても北フランス勢力はあまり浸透せず,ツールーズ伯領を中心に独自性を守り,12世紀にはトゥルバドゥール (吟遊詩人) を輩出し,洗練された文化を生んだが,カタリ派に対するアルビジョア十字軍の討伐 (1209~29) を機会に,1271年王領に合併された。ユグノー戦争以来改革派の拠点となり,18世紀初めにはセベンヌ山中での新教徒農民の反乱であるカミザール戦争を起した。個性の強い地方として,フランス革命まで地方高等法院や地方三部会を維持した。主産業はツールーズに近い高ラングドックはコムギとトウモロコシの栽培で,近代は人口減少と地主,貴族の土地売却による零細自作農増加がみられる一方,地中海に近い低ラングドックはブドウの単作地帯で,灌漑の発達とともに野菜,果物の生産も導入され,豊かな農村風景を展開している。工業化は遅れて 20世紀後半からであるが,近年,海浜保養都市の開発もみられる。なお地方行政区分のラングドック=ルーシヨン地域 (レジオン) にはオード,ガール,ピレネーゾリアンタル,ロゼールの4県が含まれる。

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百科事典マイペディアの解説

ラングドック

フランス南西部の地方で,旧州名。フランス語でlangueは〈言葉〉の意で,もとはオック語(フランス語)が話される地域全体をさした。のちにトゥールーズ伯領とほぼ同じ地域をさすようになり,現在,地理的にはピレネー北東麓からセベンヌ山地南東麓,ローヌ川下流域,地中海沿岸に及ぶ地域をさす。
→関連項目モンペリエ

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デジタル大辞泉プラスの解説

ラングドック

石材の名。フランス産の赤茶色系大理石。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラングドック【Languedoc】

フランス南西部の地方名。18世紀までの古い州名に由来する。範囲については,現今では多少の異同があるが,一応は次の各部分からなる。エロー,ガール,アルデシュ各県,オート・ガロンヌ,タルン県の大部分,オート・ロアール,ロゼール,タルン・エ・ガロンヌ,アリエージュ県の一部。地理的には,東をローヌ川,南東を地中海(リオン湾)で仕切られ,北はマシフ・サントラル(中央山地)の南端を含みつつも,ほぼこの山地で区切られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラングドック
らんぐどっく
Languedoc

フランス南部の歴史的地方名、旧州名。北はマッシフ・サントラル(中央群山)南東縁、南は地中海、東はローヌ川、西はトゥールーズ付近に挟まれた地域。その範囲は時期により多少異なるが、現在のアルデシュ、エロー、オード、ガール、ロゼール各県の大部分と、アリエージュ、オート・ガロンヌ、オート・ロアール、タルン、タルン・エ・ガロンヌ各県の一部にほぼ該当する。もとオック語langue d'ocが話された地域で、「ラングドック」は「オック語」の意味である。トゥールーズを中心都市とする上ラングドックと、モンペリエを中心都市とする下ラングドックに分けられる。今日地理的には後者だけをいう。北のセベンヌ地方は石灰岩台地で不毛であるが、南の地中海沿岸地方は沖積平野でブドウの栽培が盛んである。ワインの品質はあまりよくないが、生産高はフランス第一位である。また灌漑(かんがい)による野菜栽培も盛ん。[青木伸好]

歴史

紀元前2世紀にローマ人がこの地に進出し、現在のトゥールーズ、モンペリエ、ナルボンヌなどの都市はいずれもローマ時代に起源をもつ。勢力の衰えた西ローマ帝国にかわって西ゴート人がこの地に移住し、紀元後419年に西ゴート王国を建て、トゥールーズに都を置いた。8世紀に入るとイスラム教徒の侵入が始まり、西ゴート王国は滅びた。8世紀末シャルルマーニュ(カール大帝)は、イスラム教徒に対する防護のため、この地をアキテーヌ王国に統合した。9世紀には事実上独立の公領となったが、924年トゥールーズ伯領が成立し、この地方の中核となった。宗教的には異端発生の風土をもつといわれ、宗教的争乱が多発しているが、マニ教に影響されたアルビジョア(カタリ)派を絶滅させるために起こされた、13世紀初めのいわゆるアルビジョア十字軍の争乱が有名で、この後東部地方が1229年にフランス王国領に併合された。西部地域は百年戦争中イギリスのエドワード(黒太子)の軍に劫掠(ごうりゃく)されたためフランス王家に傾き、これもやがて王国領に統合されていく。16世紀に至り新教が浸透し、1621~29年に新教徒の蜂起(ほうき)が起こっている。フランス革命(1789~99)時代には、この地方は格別の動きを示さなかったが、1815年には王政派によるテロが多発した。しかし第二共和政時代には共和主義者の一拠点をなした。その後もこの伝統は続き、第三共和政下でも急進派、急進社会主義派、社会主義派の有力地盤を形成した。革命後は州としてのラングドックは解体され、前記の各県に分割された。[石原 司]

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