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リカード リカード Ricardo, David

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リカード
リカード
Ricardo, David

[生]1772.4.19. ロンドン
[没]1823.9.12. グロスターシャー,ギャトコムパーク
イギリス古典派経済学の最大の理論家。ユダヤ人の証券仲買人の息子として生れ,11歳から2年間オランダ商業学校に留学して帰国,14歳から父の仕事を手伝い 21歳で独立,のち公債引受人として巨富を得,1819年に事業を引退,同年よりポーターリントン選出下院議員。

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デジタル大辞泉の解説

リカード(David Ricardo)

[1772~1823]英国の経済学者。古典学派の完成者。労働価値説、貿易における比較生産費説などを展開した。著「経済学および課税の原理」など。

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百科事典マイペディアの解説

リカード

英国の古典派経済学の大成者。富裕な商人の子で,14歳から株式仲買に従事し富と名声を得た。穀物法改正問題に際して自由貿易論の立場から経済学を研究し,主著《経済学および課税の原理》(1817年)を公刊。
→関連項目古典派自由貿易主義スラッファ賃金生存費説比較生産費説ミル

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世界大百科事典 第2版の解説

リカード【David Ricardo】

1772‐1823
古典派経済学の完成者とみなされ,今日にも大きな影響力を及ぼしているイギリスの経済学者。オランダ生れのユダヤ教徒の株式仲買人の子としてロンドンに生まれ,初等教育だけで14歳から父の見習として働いたが,1793年クエーカー教徒との結婚のため父に義絶された。その後独立の株式仲買人となり,とくに公債引受人として成功し,大きな財産を築いた。1819年42歳のとき,イギリス南西部のグロスターシャーの土地を購入して事業を退き,地金論争(1809‐12)ころからしだいに関心を強めていた経済学面での研究・文筆生活にはいったが,主著刊行時と同様,J.ミルの強制に近いまでの勧告によって同年下院議員となり,耳疾の悪化で急死するまで,その地位にとどまった。

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大辞林 第三版の解説

リカード【David Ricardo】

1772~1823) イギリスの経済学者。古典学派の完成者。地金論争や穀物法論争を展開。アダム=スミスの労働価値説から出発、利潤と賃金の対抗関係を説いた。また差額地代説を媒介に、地主階級は資本家階級と労働者階級の共通の敵であると論じた。著「経済学および課税の原理」など。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リカード
りかーど
David Ricardo
(1772―1823)

イギリスの経済学者。オランダからイギリスに帰化したユダヤ人の証券取引業者の三男としてロンドンに生まれる。11歳から13歳にかけて、アムステルダムの伯父のもとで商業見習いをし、帰国後、父の仕事に従事した。20歳のとき、クェーカー教徒の娘と結婚したことを契機に、父母からもユダヤ人社会からも離れ、ユニテリアンの宗派に属するとともに、独立した証券取引業者となった。独立後まもなく公債取引などで成功し、イギリスで屈指の証券業者となり、余暇を利用して数学、化学、地質学など自然科学の研究を行うようになった。とくに鉱物の収集には終生興味をもち続けた。
 リカードが経済学に興味をもつようになったのは、1799年、夫人の健康のために滞在していた保養地バースで、アダム・スミスの『国富論』を手にしたことがきっかけである、と伝えられる。1809年、当時の地金(じきん)の高価格と為替(かわせ)の下落の原因をめぐって争われた地金論争に関する論文を『モーニング・クロニクル』に発表して経済時論家としてデビュー、翌年には小冊子『地金の高い価格、銀行券の減価の証拠』などを出版し、地金の高価格の原因を銀行券の過剰発行に求める、いわゆる地金派の代表的論客となった。続いて、穀物の輸入制限を企図する穀物法の是非をめぐって行われた穀物法論争に加わり、1815年には、小冊子『穀物の低価格が資本の利潤に及ぼす影響についての試論』を出版、穀物法は劣等地耕作を進展させ、利潤率の低下に帰結するとの結論を展示して、穀物法反対のための論陣を張った。しかし同年、穀物法は議会を通過してしまい、以降リカードは穀物法撤廃を主張し続けることになるが、穀物法に賛成するT・R・マルサスとの論争を続けるなかで、穀物法反対の論理をいっそう磨いていくために、経済学の研究を深めた。そして、友人ジェームズ・ミルの強い勧めもあって、1817年、主著『経済学および課税の原理』を公刊、これは経済学史のうえで、『国富論』に次ぐイギリス古典派経済学の代表作となった。彼は、経済学者としての名声を得て、19年には下院議員に選出され、経済問題に関する権威として大きな信望を集めるとともに、無党派ではあったが、当時の地主主導の議会を改革するために努力した。他方、彼は議員になってからも経済学研究を進め、主著の改訂(第2版1819、第3版1821)のほか、「公債制度論」(1820)、『農業保護論』(1823)などを発表し、またいくつかの草稿や膨大な書簡を残したが、耳の疾患のため51歳で亡くなった。
 リカードの生きた時代は、イギリスで世界最初の産業革命が進行した時代と重なっており、彼の経済学はその現実の生み出す問題に取り組んだものだった。彼は、産業革命のもたらした労働生産力の飛躍的発展が、イギリスの製造品を安価にし、その輸出を有利にしていること、反面、収穫が逓減(ていげん)していく農業生産はできるだけ縮小し、安価な外国穀物の輸入に頼るべきだとの認識にたった。安価な穀物、安価な製造品は、労働の価格たる賃金を安価にし、経済発展の推進力たる利潤率を増大させるというのがリカードの展望であった。このことは、産業革命のもたらした工場制度が、労働者を商品と同じ法則に服するものにしたことを、リカードが冷厳に理論化したことをも示している。彼は最初、機械の導入は製品を安価にし、労働者にも有利だと考えていたが、のちには、労働者から職を奪う可能性があるとの見解をもち、主著を改訂した。彼は、商品はそれに投下された労働量に比例して交換価値をもつという投下労働価値説をその理論的基礎にしたが、他方で、商品価格が費用と平均利潤を加算したものになるという現象も認めたために、理論的矛盾に悩み、死の直前までこの問題の解決に心血を注いだ。[千賀重義]
『堀経夫他監訳『リカードウ全集』全11巻(1969~78・雄松堂書店)』

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世界大百科事典内のリカードの言及

【軍事費】より

…と同時に軍事費は課税によってまかなわれ,国民の負担とならざるをえないことを一般に強く知らしめるようになった。このような状況にあって,ナポレオン戦争後の戦費問題処理に悩んでいたイギリスで,D.リカードは,《経済学及び課税の原理》(初版1817)で,個々の人が単にその母国に住むという特権のために甘んじて支払う税の負担には限界がある,と述べている。リカードの主張は,租税はその国の資本を減少させ,生産の増加に悪影響をもつ,という考え方を基本にしているが,当時イギリスに脅威となる他の国がなかったことも注意する必要がある。…

【経済学】より

… 社会的分業を出発点として,労働こそ社会の発展の本源的な力であることを明確にして,市場的交換の意味を探ることによって,商品,貨幣,資本,産業組織,資本主義的再生産過程などの理論を展開し,資本主義的市場経済制度のもとにおける経済循環の過程を解明し,さらに市場経済社会における国家の果たすべき経済的役割を分析したのであった。
[リカードによる継承]
 スミスの経済学は,その後D.リカードによっていっそう精緻(せいち)な論理的体系を装うことになっていった。リカードは資本主義経済を構成する経済主体を,地主,資本家,労働者の三大階級に分けた。…

【経済学および課税の原理】より

…古典派経済学の完成者,D.リカードの主著。1817年刊。…

【経済学説史】より

…しかしスミスは,土地のみが生産的であるとする重農主義をも批判し,利潤の概念を確立させた。古典派経済学は,さらに《経済学および課税の原理》(1817)の著者D.リカード,《人口論》(1798),《経済学原理》(1820)などを著し,有効需要の問題を重視して後にケインズに評価されたT.マルサスなどにより展開されていく。そして,古典派経済学の最後の巨峰はJ.S.ミルであり,その著《経済学原理》(1848)は古典派経済学の完成の記念碑である。…

【古典派経済学】より

…古典派経済学(略して古典派あるいは古典学派ともいう)とは一般に,18世紀の最後の四半世紀から19世紀の前半にかけイギリスで隆盛をみる,アダム・スミスリカードマルサスJ.S.ミルを主たる担い手とする経済学の流れをさしている。D.ヒュームらアダム・スミスの先行者や19世紀のJ.ミル,J.R.マカロック,R.トレンズ,ド・クインシー,S.ベーリー,N.W.シーニアー,S.M.ロングフィールドらをどう扱うか,またJ.S.ミルに後続するフォーセットHenry Fawcett(1833‐84)やケアンズJohn Elliot Cairnes(1823‐75),フランスのセーやシスモンディをどう扱うかについて,多少考え方の相違があるが,おおむねこれらの人たちも含まれる。…

【資本】より

… 資本を用いる生産の本質を明らかにするような仕方で,生産の技術上の要件であるさまざまなものの蓄積の本質を示すことはできないかという問題がある。D.リカードとその追随者およびオーストリア学派によれば,資本は過去の労働の蓄積である。資本の量については,たとえばリカードは投下労働の量を,J.S.ミルは生存資料の量を,そしてE.vonベーム・バウェルクは平均生産期間の概念,つまり労働が生産過程内にとどまる平均の時間を考えるというようにさまざまであるが,基本となる考え方は同じである。…

【セーの法則】より

…実際,ナポレオン戦争後の恐慌(1817‐19)の際,J.C.シスモンディやT.R.マルサスが全般的過剰生産が起こりうることを認め,いわゆる過少消費説(〈恐慌〉の項参照)を主張したのに対し,セーは上述の理解から,ただ生産部門間の不均衡による部分的過剰生産を認めただけで全般的過剰生産を否定し,前2者とのあいだに〈市場論争〉と呼ばれる論争を展開した。この論争にはD.リカードやJ.ミルも参加し,全般的過剰生産を否定するセーの見解に賛意を表した。 この論争自体は,恐慌を資本主義的生産様式の矛盾の現れとして最初に問題にしたものとして注目されるが,しかしセーの販路説は,もともと主観的な効用価値説を基礎としており,A.スミスやリカードの労働価値説を継承してその上に展開されたものではなかった。…

【地代】より

…このように,さまざまな土地の地代の差,すなわち,差額地代はそれらの土地の限界生産性や限界効用の差を反映している。それに対して,D.リカードの差額地代説によれば,優等地と劣等地の価値生産性の差額が地代になる。しかし,劣等地でもその存在量が固定されており,その土地の限界生産性あるいは限界効用がゼロでないかぎり,地代は生ずる。…

【賃金生存費説】より

…賃金水準は,労働者の生存費によって決定されるとする賃金学説。その発想は,W.ペティや重農学派にもみられるが,A.スミスによる古典派経済学の体系化をうけてこれを純化したD.リカードにおいて最も明確な理論的表現に達した。すなわちリカードは,偶然的事情で変動する市場価格とその基準となる自然価格とを区別したうえで,〈労働の自然価格は,平均的にいって労働者たちが生存しかつ彼らの種族を増減なく永続させるのに必要な,その価格のことである〉(《経済学および課税の原理》第5章)と規定している。…

【比較優位】より

…ある国はなぜ自動車や鉄鋼を輸出し,石油や鉄鉱石を輸入するのであろうか。A.スミスやD.リカード以来,経済学者の間でこの疑問に答えようとする試みがさまざまな形でなされ,国際分業の理論として展開されてきた。比較優位という考えはリカードによって初めて明確に述べられ,以後国際分業の理論の中心概念となっている。…

【貿易理論】より

…現代の国際分業理論の主翼をなす要素賦存説では,この要因がクローズアップされている。 D.リカードが唱えた比較生産費説は労働のみを生産要素とする単純な生産モデルに基づいている。したがって,各国の貿易前の均衡では,財・サービスの相対価格は各部門の生産物1単位当りに必要な労働量(労働生産性の逆数)の比率に等しくなる。…

【労働価値説】より

…しかもその2様の把握は資本主義的商品生産社会を〈初期未開社会〉と区別する彼の視点とも対応し,最終的には彼自身の労働価値説を市場の需給関係で決定される賃金,利潤,地代それぞれの自然率によって構成される現象に埋没した生産費説に帰着させることになった。 その後19世紀に入ってD.リカードはその主著《経済学および課税の原理》(1817)において,彼が矛盾すると考えたスミスの二つの見解を投下労働価値説に一本化することによって論理的に首尾一貫した整合的な理論にしようと努めた。スミスが投下労働説が維持できないとした資本蓄積と土地所有の成立以後の社会においても,商品の価値は生産に投下された総労働量によって依然として規定され尺度されるというのがリカードの見解であった。…

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