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リチャーズ リチャーズRichards, Dickinson Woodruff

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リチャーズ
リチャーズ
Richards, Dickinson Woodruff

[生]1895.10.30. ニュージャージーオレンジ
[没]1973.2.23. コネティカットレークビル
アメリカの医師。エールコロンビア両大学を卒業。 1928年コロンビア医科大学助教授,47~61年同大学教授,61年から名誉教授。 45~61年,ニューヨークベルビュー病院医学部長。 32年から同僚の A.クールナンとともに,ドイツの医師 W.フォルスマンの発明した心臓カテーテル法をさらに発展させて心臓内の血圧測定に成功し,かつ心臓内部の状況を知る手段を確立し,肺と心臓の総括的研究を行い,小児の先天的心臓病の手術法を完成させるなど,胸部外科の発展に大きく貢献した。

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リチャーズ
リチャーズ
Richards, Ivor Armstrong

[生]1893.2.26. チェシャーサンドバッチ
[没]1979.9.7. ケンブリッジ
イギリスの批評家,詩人。基礎英語の創始者の一人。ケンブリッジ大学に学び,母校および北京,ハーバード各大学で教え,日本にも数度来訪した。心理学による言語研究を基礎とする意味論,文学論によって各方面に新風を吹込んだ。

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リチャーズ
リチャーズ
Richards, Linda

[生]1841
[没]1930
アメリカ合衆国最初の有資格看護師。 1873年正規の看護教育を受けた看護師となる。アメリカの看護師の先駆者であるとともに,1886年から4年半日本に滞在して,近代看護の基礎を築いた。

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リチャーズ
リチャーズ
Richards, Theodore William

[生]1868.1.31. ペンシルバニア,ジャーマンタウン
[没]1928.4.2. マサチューセッツ,ケンブリッジ
アメリカの化学者。ハーバード大学で学び,1888年学位取得後,ドイツに留学。帰国 (1894) 後,母校のスタッフに迎えられ,化学教授となった (1901) 。約 60の元素について,化学的方法によって原子量を精密に測定。

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リチャーズ
リチャーズ
Richards, William

[生]1793.8.22. マサチューセッツ,プレーンフィールド
[没]1847.11.7. ホノルル
アメリカの宣教師。 1822年ハワイへ渡り,会衆派教会の宣教師となった。 38年ハワイ王の顧問,通訳となり,ハワイ経済,政治組織の改善に貢献。 42年ハワイの独立をアメリカに承認させ,次いでハワイの特別使節としてロンドンにおもむき,イギリス,フランスの承認獲得に成功。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

リチャーズ(Ivor Armstrong Richards)

[1893~1979]英国の文芸評論家。心理学的分析と意味論文芸批評に採り入れ、新批評の確立に貢献した。エンプソンの師。著「意味の意味」「文学批評の原理」など。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

リチャーズ

米国の医学者。コロンビア大学教授を経て,ベルビュー病院第一内科主任。クールナンと協同で心臓カテーテル法を実施し,心臓病の診断に効果をあげた。1956年ノーベル生理医学賞。

リチャーズ

英国の文芸批評家。ケンブリッジ学派の一人。心理学と意味論の角度から批評理論に画期的な貢献をなした。特に《文芸批評の原理》(1924年),《実践的批評》(1929年)が重要。
→関連項目マリー

リチャーズ

米国の化学者。ハーバード大学で学び,1901年同大学教授。多数の元素の原子量の精密測定に対し,1914年ノーベル化学賞。ほかに熱化学,熱力学,高圧化学などの研究もある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

リチャーズ Richards, Linda A.J.

1841-1930 アメリカの看護婦。
1841年7月27日生まれ。イギリスのエジンバラ大病院付属看護婦学校にまなび,ナイチンゲールと知りあう。明治19年(1886)来日し,新島襄(じょう)が設立した京都看病婦学校でおしえる。宣教医J.ベリーとともに日本に近代看護法を導入して看護婦の養成につくした。23年帰国。1930年4月17日死去。88歳。ニューヨーク州出身。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

リチャーズ【Ivor Armstrong Richards】

1893‐1979
イギリスの文学理論家,批評家。ケンブリッジ大学で心理学を専攻。卒業後,母校の英文科の講師となる(その教室からF.R.リービス,W.エンプソンが巣立った)。文学批評の理論を科学的に精緻化すべく,心理学,意味論,伝達理論に至るまで徹底して追求した。彼の根底には現代文化を水準低下からいかに守るかという危機意識があるとともに,T.S.エリオットらに代表される反ロマン主義的,主知的な文学風土を推進しようとする意志があった。

リチャーズ【Theodore William Richards】

1868‐1928
アメリカの化学者。ペンシルベニア州の生れ。1888年,ハーバード大学のクックJosiah Parsons Cooke(1827‐94)のもとで水の組成の研究により学位を得た。1年間の海外留学ののち,ハーバード大学の分析化学の助手となり,1901年教授となった。重量分析法にさまざまな改良を加えて多数の元素の原子量を精密に測定し,当時まで採用されていたスタスJean Servais Stas(1813‐91)の値を訂正した。

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大辞林 第三版の解説

リチャーズ【Ivor Armstrong Richards】

1893~1979) イギリスの文芸批評家。批評理論に心理学・意味論的観点を取り入れ、新批評への道を開いた。著「意味の意味」(オグデンとの共著)「文芸批評の原理」など。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のリチャーズの言及

【ニュー・クリティシズム】より

…〈新批評〉とも訳す。20年代のT.S.エリオットやI.A.リチャーズらによる新しい文学意識にもとづき,文学作品(とくに詩)の精密・客観的な評価をめざした。J.C.ランサム,A.テートらの率いるアメリカの〈南部批評家〉がその母体とみなされるが,イギリス側ではケンブリッジ大学でリチャーズの教えを受けたW.エンプソンをその数に入れることもある。…

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