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リューリク朝 リューリクちょう Ryurik Dynasty

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リューリク朝
リューリクちょう
Ryurik Dynasty

ロシアの年代記に出てくるロシアの最初の建国者リューリクの子孫をもって形成されたというキエフ公国からモスクワ大公国にいたる王朝。キエフ公国の年代記によれば,862年バリャーグ人リューリクがロシアに招かれ,公として君臨しはじめた。

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百科事典マイペディアの解説

リューリク朝【リューリクちょう】

中世〜近世初頭のロシアの王朝。9世紀後半ロシア国家の起源をつくったリューリクの血統をひくと伝えられる。オレーグキエフ・ロシアを建設して王朝の基盤を築いた。13世紀モンゴル人の侵入により衰えたが,その支配下に入ったロシア諸侯国がウラジーミル公国を形成。

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世界大百科事典 第2版の解説

リューリクちょう【リューリク朝】

ロシアの王朝。その元祖はリューリク(在位?‐879)。ロシア最古の年代記《原初年代記》によると,内紛に悩むロシア諸族は〈海のかなた〉のワリャーギ(ノルマン)の下に使者を遣わし,彼らを統治する公を求めた。この招請に応じてやって来たのがリューリクを長兄とする3人の兄弟であったという。リューリクの死後その子イーゴリを擁したオレーグが882年キエフを占領し,ここにリューリク朝の基礎が築かれた。以後キエフ大公位はすべてリューリクの子孫が占めることとなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リューリク朝
りゅーりくちょう
Рюриковичи Ryurikovichi ロシア語

9世紀~1598年のロシアの王朝。元祖は、伝説上の人物であるリューリク(在位?~879)。『原初年代記』によると、彼は内紛に悩むロシアに秩序をもたらすために、2人の弟とともに「海のかなた」から招かれたという。リューリクの死後、882年その子イーゴリ(在位913ころ~945)が一族のオレーグに助けられてキエフに君臨し、王朝の基礎が固まった。その後16世紀末に至るキエフ、ウラジーミル・スズダリモスクワその他の諸公国の公位は、すべてその子孫が占めることとなった。時とともに複雑に分岐した王朝の各系統は、それぞれの始祖の名をとって、モノマフ一門とかオレーグ一門とかよばれることもあった。モスクワ公家は、ウラジーミル・スズダリのモノマフ一門に発する。それは15世紀中ごろには実質的に北東ロシアで唯一の支配公家となり、1547年にはモスクワ大公イワン4世(雷帝、在位1533~84)がツァーリを名のるようになる。このイワンの子フョードル(在位1584~98)の死により王朝は断絶し、動乱時代を経て、ロシアは1613年ロマノフ朝の時代を迎えることになる。[栗生沢猛夫]

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世界大百科事典内のリューリク朝の言及

【キエフ・ロシア】より

…北のノブゴロドには,スラブ人の公ワジムを征して権力を握ったノルマン人の伝説的首長リューリクがいたが,その死後,遺児イーゴリを奉じた従士団の長オレーグ(在位882‐912)の軍勢が南下進攻を始め,アスコリドとジールを倒して都市国家キエフの支配者となった。これが882年のことであり,北のノブゴロドと南のキエフは,名目上は単一のリューリク朝君主の共通の支配下に入り,ここに全ロシア的なキエフ・ロシアが誕生するのである。
[軍事遠征と歴代諸公]
 キエフ・ロシアの統合力はそれほど強いものではなかった。…

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