コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ルドン Redon, Odilon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルドン
Redon, Odilon

[生]1840.4.20頃.ボルドー
[没]1916.7.6. パリ
フランスの画家,版画家。ボルドーで修業し,1871年パリに出る。 J.L.ジェロームや R.ブレダンの影響を受け,初期には単色リトグラフ (石版画) で幻想的,神秘的な世界を生んだ。 S.マラルメ,J.K.ユイスマンス,E.A.ポーなど象徴主義作家の影響を受ける。 90年頃までもっぱら単色で制作したが,その後,夢幻的世界の効果を増すために色彩を採用し,文学的,神話的主題を華麗な幻想に高めた。晩年はパステル,水彩による作品を多く描き,特に花の絵でも名高い。世紀末の象徴主義者としてシュルレアリスムにも影響を与えた。主要作品はリトグラフ集『夢のなかで』 (1879) ,『ベニスの帆船』 (1906) ,『アネモネの花』 (08) 。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

ルドン

フランスの画家。ボルドー生れ。本名ベルトラン・ジャン・ルドンBertrand-Jean Redon。青年期に幻想の銅版画家ロドルフ・ブレズダン〔1825-1885〕,植物学者アルマン・クラボーから感化を受け,さらに詩人マラルメと交友。
→関連項目アンデパンダン展世紀末ユイスマンス

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ルドン【Odilon Redon】

1840‐1916
フランスの画家,版画家。象徴主義絵画を代表する一人で,シュルレアリスムを予告するような幻想的で神秘的なイメージを多用した。ボルドーに生まれ育つ。画家を志し,1863年パリに出てジェローム私塾に入るが,そのアカデミックな指導になじめず,むしろレンブラント,ゴヤ,ドラクロアコローなどの作品に感化された。これと前後してボルドーで出会った2人の風変りな人物がルドンに決定的な影響を与える。神秘主義的植物学者クラボーA.Clavaudからは,ボードレールフローベール,ポー等の存在を知らされ,奇怪で幻想的な題材を好んだ放浪銅版画家ブレズダンからは版画の手ほどきを受け,また想像力を駆使することのたいせつさを教わった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

ルドン【Odilon Redon】

1840~1916) フランスの画家。象徴派の詩人たちと交遊、神秘的な題材や花・女などを幻想的な色彩で描いた。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルドン
るどん
Odilon Redon
(1840―1916)

フランスの画家、版画家。ボルドーに生まれる。生後まもなくジロンド県のペイルルバードに里子に出され、ここでの孤独な少年時代がルドンの幻想の源となった。11歳でボルドーの両親の家に戻り、15歳のときから水彩画家スタニスラス・ゴランにつき本格的な絵の勉強を始めたが、幻想の版画家ブレダンRodolphe Bresdin(1825―85)や植物学者アルマン・クラボーに出会ったことが、ルドンの芸術に決定的な影響を与えた。ルドンが世間的な注目を浴びるのは、最初の石版画集『夢の中で』を出版する1879年まで待たねばならないが、その間、パリの美術学校でレオン・ジェロームの教室に学んだり、コローの影響を受けてバルビゾンに滞在して風景画を制作したりしている。ドガはルドンの石版画の黒の美しさを無上のものとして褒めたたえているが、ルドンがその芸術の大きな魅力となる石版画をつくるようになったのは、描きためた木炭画を利用するのに、ファンタン・ラトゥールの助言に従ったためといわれている。怪奇と幻想にあふれた『夢の中で』を出版して以来、『エドガー・ポーに』『ゴヤ賛』『聖アントアーヌの誘惑』などの石版画集が矢つぎばやに制作され、ユイスマンスやマラルメなどの称賛を得ている。ルドンは50歳を過ぎるころから、油彩やパステルによる色彩の世界に入る。花や人物、神話などをテーマとしたルドンの色彩画は、それまで黒のなかに眠り続けていたものが突然に目覚めたかのように、無垢(むく)で純粋な美しさと神秘な光をたたえている。1916年、第一次世界大戦のさなかにパリで没した。
 印象主義の運動が盛んになり、外界の光を描写することに画家の目が向いていた時代、ひたすら心の内側に目を向けて独自の画境を開いたルドンの芸術は、世紀末の象徴主義や20世紀のシュルレアリスムの先駆者として位置づけられることもある。自著に、没後出版された『私自身に』 soi-mme(1922)、『ルドンの手紙』(1923)がある。[染谷 滋]
『池辺一郎訳『私自身に』(1983・みすず書房) ▽阿部良雄編『現代世界の美術6 ルドン』(1986・集英社) ▽宮川淳解説『現代世界美術全集10 ルドン/ルソー』(1970・集英社) ▽土方定一監修『世界連作版画シリーズ2 ルドン連作版画聖アントワヌの誘惑』(1981・形象社) ▽粟津則雄著『ルドン――生と死の幻想』(1966・美術出版社) ▽池辺一郎著『ルドン――夢の生涯』(1977・読売新聞社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内のルドンの言及

【象徴主義】より

…彼は絵画を,文字で表記される音声言語に対して〈造形言語〉であると考え,自己の観念を表現する媒体として用いた。また,ルドンも,現実にないものの表現に憑かれた画家であった。彼の処女版画集(1879)は《夢の中で》と題され,夢や幻影を視覚化することにより,内なる世界の表明を試みている。…

※「ルドン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ルドンの関連キーワードルソー(Henri Rousseau)ジョリス・カルル ユイスマンスウィンブルドン選手権オディロン ルドン兵庫県立近代美術館群馬県立近代美術館サロン・ドートンヌプティ・パレ美術館ウィンブルドン効果ウィンブルドン化三重県立美術館シャルドゥンヌ岐阜県美術館キュクロプスきだともかずセザンヌ礼賛植木紀世彦4月20日池辺 一郎ガラテイア

今日のキーワード

分水嶺

1 分水界になっている山稜(さんりょう)。分水山脈。2 《1が、雨水が異なる水系に分かれる場所であることから》物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

ルドンの関連情報