フランスの画家、版画家。ボルドーに生まれる。生後まもなくジロンド県のペイルルバードに里子に出され、ここでの孤独な少年時代がルドンの幻想の源となった。11歳でボルドーの両親の家に戻り、15歳のときから水彩画家スタニスラス・ゴランにつき本格的な絵の勉強を始めたが、幻想の版画家ブレダンRodolphe Bresdin(1822/1825―1885)や植物学者アルマン・クラボーに出会ったことが、ルドンの芸術に決定的な影響を与えた。ルドンが世間的な注目を浴びるのは、最初の石版画集『夢の中で』を出版する1879年まで待たねばならないが、その間、パリの美術学校でレオン・ジェロームの教室に学んだり、コローの影響を受けてバルビゾンに滞在して風景画を制作したりしている。ドガはルドンの石版画の黒の美しさを無上のものとして褒めたたえているが、ルドンがその芸術の大きな魅力となる石版画をつくるようになったのは、描きためた木炭画を利用するのに、ファンタン・ラトゥールの助言に従ったためといわれている。怪奇と幻想にあふれた『夢の中で』を出版して以来、『エドガー・ポーに』『ゴヤ賛』『聖アントワーヌの誘惑』などの石版画集が矢つぎばやに制作され、ユイスマンスやマラルメなどの称賛を得ている。ルドンは50歳を過ぎるころから、油彩やパステルによる色彩の世界に入る。花や人物、神話などをテーマとしたルドンの色彩画は、それまで黒のなかに眠り続けていたものが突然に目覚めたかのように、無垢(むく)で純粋な美しさと神秘な光をたたえている。1916年、第一次世界大戦のさなかにパリで没した。
印象主義の運動が盛んになり、外界の光を描写することに画家の目が向いていた時代、ひたすら心の内側に目を向けて独自の画境を開いたルドンの芸術は、世紀末の象徴主義や20世紀のシュルレアリスムの先駆者として位置づけられることもある。自著に、没後出版された『私自身に』À soi-même(1922)、『ルドンの手紙』(1923)がある。
[染谷 滋]
『ルドン著、池辺一郎訳『ルドン 私自身に』(1983・みすず書房)』▽『粟津則雄著『ルドン――生と死の幻想』(1966・美術出版社)』▽『宮川淳解説『現代世界美術全集10 ルドン/ルソー』(1971・集英社)』▽『池辺一郎著『ルドン――夢の生涯』(1977・読売新聞社)』▽『土方定一監修『世界連作版画シリーズ2 ルドン連作版画聖アントワヌの誘惑』(1981・形象社)』▽『阿部良雄編『現代世界の美術6 ルドン』(1986・集英社)』
フランスの画家,版画家。象徴主義絵画を代表する一人で,シュルレアリスムを予告するような幻想的で神秘的なイメージを多用した。ボルドーに生まれ育つ。画家を志し,1863年パリに出てジェロームの私塾に入るが,そのアカデミックな指導になじめず,むしろレンブラント,ゴヤ,ドラクロア,コローなどの作品に感化された。これと前後してボルドーで出会った2人の風変りな人物がルドンに決定的な影響を与える。神秘主義的植物学者クラボーA.Clavaudからは,ボードレール,フローベール,ポー等の存在を知らされ,奇怪で幻想的な題材を好んだ放浪銅版画家ブレズダンからは版画の手ほどきを受け,また想像力を駆使することのたいせつさを教わった。こうして,客観的な〈目にみえる現実〉ではなく,想像的な〈感じとられた現実〉を重視するという,彼の基本的な芸術観ができあがり,それは初期の木炭画,リトグラフの,怪物たちのさまよう薄明の世界に反映している。長い間,ほとんど無名であったが,79年最初のリトグラフ集《夢の中で》を出版し,81年木炭画のみで最初の個展を開いてからは,ユイスマンス,エンヌカンÉ.Hennequin,マラルメなどデカダン派ないし象徴派の作家たちの支持をえた。以後たてつづけに,《エドガー・ポーに》(1882),《起源》(1883),《ゴヤ讃》(1885,96),《夜》(1886),《聖アントアーヌの誘惑》(1888),《ギュスターブ・フローベールに》(1889),《夢》(1891)など黒一色の中にも深い輝きを秘めたリトグラフ集を発表する一方で,第8回にして最後の印象派展(1886),〈レ・バン(二十人組)〉展(ブリュッセル,1886,90)に参加するなどしだいにその名声は高まり,94年にはデュラン=リュエル商会で大がかりな個展が開かれる。これに応じるように,それまでの黒一色の作品は姿を消し,鮮やかな色彩を主体にした瞑想的な油絵,パステル画が取って代わる。晩年は若い画家たちから巨匠視されたが,孤高のままパリで没した。著書に,幼年時代から晩年に至るまでの自己の内面をつづった《自身にÀ soi-même》(1922)がある。
執筆者:本江 邦夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…彼は絵画を,文字で表記される音声言語に対して〈造形言語〉であると考え,自己の観念を表現する媒体として用いた。また,ルドンも,現実にないものの表現に憑かれた画家であった。彼の処女版画集(1879)は《夢の中で》と題され,夢や幻影を視覚化することにより,内なる世界の表明を試みている。…
※「ルドン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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