ルーゴンマッカール(英語表記)Les Rougon-Macquart

改訂新版 世界大百科事典 「ルーゴンマッカール」の意味・わかりやすい解説

ルーゴン・マッカール
Les Rougon-Macquart

自然主義の小説家エミール・ゾラの代表作シリーズ。〈第二帝政期におけるある一族の自然的・社会的歴史〉という副題をもち,全20巻より成る。この構想を立てたのは1868年,ゾラ28歳のころといわれ,最初は全10巻の予定であった。しかし,第1巻《ルーゴン家の繁栄》を71年に出して以来,彼の構想はしだいにふくらみ,以後ほぼ1年に1巻の調子で書きつづけ,最終巻を出したのは93年,53歳のときであった。第2巻以後の表題を順に列記すると,《饗宴》《パリの腹》《プラサンの征服》《ムーレ師の罪》《ウジェーヌ・ルーゴン閣下》《居酒屋》《愛の一頁》《ナナ》《ごった煮》《ボヌール・デ・ダーム百貨店》《生きる喜び》《ジェルミナール》《制作》《大地》《夢》《獣人》《金銭》《壊滅》そして《パスカル博士》。

 この作品群を構想した際,ゾラの念頭にあったのは,バルザックの《人間喜劇》に対抗しようという野心であった。そのために彼は,科学の時代にふさわしい創作の理論を求め,それをクロード・ベルナールの《実験医学序説》(1865)のうちに見いだした。すなわち,試験管のなかの物質の化学反応を観察するような態度で,社会のなかでの人間の行動様式や性情の変化を観察しようと考えた。つまり彼のいう〈実験小説論〉の実行である。そのためゾラは,まずアデライード・フークという神経症の女を設定,これとまずルーゴンという健康な農民を結びつけて子を生ませる。彼の死後,アデライードは大酒飲みのマッカールを愛人として子どもを生む。こうして神経症と飲酒癖(アル中)という二つの素質をもったルーゴン家およびマッカール家の子孫たちが,第二帝政期(1852-70)のフランス社会のさまざまな環境のなかでどのように生き,どのように死んで行くかをゾラは観察するのである。ゾラによれば,彼らは互いに異なり,さまざまな運命をたどるが,実は遺伝の法則に従っているということになる。巻が進むにつれ,とくに下層階級の生活の悲惨さのどぎつい描写が読者の非難を招いたが,そのスキャンダルが逆に世間の注目を集め,第7巻の《居酒屋》にいたり,中傷や攻撃にもかかわらず圧倒的な成功をおさめ,さらにフローベールゴンクール,ツルゲーネフらの賞賛を得て,ゾラの自然主義作家としての地位は不動のものとなった。以後《ナナ》(発行日に5万5000部売れる),炭鉱夫の悲惨な生活や反抗を社会主義的な眼で描いた《ジェルミナール》,鉄道と機関手を描いた《獣人》などの傑作を書いた。皮肉にもいずれも彼の自然主義文学理論からはみ出たものである。また全体としては陰惨で暗いトーンのこのシリーズのなかには,ゾラが人間の内面を描く才能を証明しようとして書いた第16巻の《夢》のような純情な作品もある。また,画家主人公とした第14巻《制作》では,モデル問題で中学以来の友人セザンヌと絶交するといったエピソードもある。93年1月20日,パリのブーローニュの森で,〈ルーゴン・マッカール〉完成を祝う盛大な祝賀会が開かれた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のルーゴンマッカールの言及

【自然主義】より

… しかし,自然主義に明確な理論的基盤が与えられ,流派が形成されるには,なおゾラの登場を待たなければならなかった。ゾラは,まず《テレーズ・ラカン》(1867)によって科学研究に類する小説を書きえたと自負し,構築しつつあった自然主義理論に対する確信を深めたあと,やがて,遺伝と環境に支配された〈一家族の自然的社会的歴史〉を描きつくすという壮大な意図のもとに,20巻の小説から成る〈ルーゴン・マッカール叢書〉(1871‐93)を書き始める。また,小説執筆のかたわら,ゾラは自らの自然主義文学理論を《実験小説論》(1880)にまとめあげた。…

※「ルーゴンマッカール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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