レビ・ストロース(読み)れびすとろーす(英語表記)Claude Lévi-Strauss

日本大百科全書(ニッポニカ) 「レビ・ストロース」の意味・わかりやすい解説

レビ・ストロース
れびすとろーす
Claude Lévi-Strauss
(1908―2009)

フランスの文化人類学者。構造主義者。レヴィ・ストロースとも表記される。パリ大学法文学部卒業後、ブラジルのサン・パウロ大学社会学教授(1935~1938)、ブラジル奥地の調査(1935~1939)、ニューヨーク新社会研究学院教授(1942~1945)、アメリカ合衆国在住フランス大使館文化顧問(1946~1947)、パリ大学高等研究院指導教授(1950~1974)、コレージュ・ド・フランス社会人類学正教授(1959~1982)などを歴任。1973年5月24日アカデミー・フランセーズ会員に選ばれる。オランダ、イギリス、アメリカなどのアカデミーの会員に選ばれたほかに、フランスのレジオン・ドヌール三等勲章受章をはじめ多くの賞に輝き、オックスフォードエールシカゴ、コロンビア諸大学の名誉博士号を与えられた。

 レビ・ストロースの業績は大きく三つの領域に分けることができる。第一は親族構造、第二は分類の論理ないし「野生の思考」、第三は神話の構造である。第一の親族論においては、婚姻規制と親族体系を一種の言語、つまり個人間・集団間のコミュニケーションを可能にする一連の過程とみなす。そしてコミュニケーションの媒体となるものは「女性」であり、親族集団間に「ことば」と同じように循環される、と論ずる。彼は婚姻規制の多様性の背後に少数の原理を抽出し、親族体系においては出自よりも婚姻規制がいっそう重要であることを示し、婚姻規制と親族名称との間に密接な関係があることを明らかにした。さらに彼は、親族体系を経済的条件によってではなく、精神構造によって説明しようとした。ただし、「女性の循環」が行われるような親族構造を親族の一般理論として拡大する点については、のちにR・ニーダムやE・リーチによって批判された。

 第二の分類の論理については、まだ人間が科学技術文明の思考に影響される以前の人間の思考を、未開人の動植物の分類などを通じてとらえようとする。特定の動植物を集団の始祖として、これを食べることを禁ずるトーテミズムという制度に関する従来の機能主義的な解釈の妥当しない点を指摘し、特定の動植物が自然界から選ばれるのは、それが経済的に価値があるからではなくて、社会の区分や関係を表すためであると論じ、トーテミズムの原理は、対立するものの統合にあると考えた。これにはフォーテスらによる批判があるが、それにもかかわらず、彼のトーテム研究は従来説明できなかった現象の解明に新しい光を投ずるものであろう。

 第三の神話の研究においては、アメリカ大陸先住民の800以上に上る数の神話の研究を4巻のいずれも浩瀚(こうかん)な著作にまとめあげた。南アメリカの先住民の神話では、自然から文化への推移は、「生(なま)のもの」から「火にかけたもの」「料理されたもの」への推移によって象徴されているのに対し、北アメリカの神話では、自然から文化への推移は、衣類、装飾品の発明と、それに由来する品物の交換によって表されていると論じられている。

 レビ・ストロースの神話研究によると、南アメリカの先住民の神話と北アメリカの先住民の神話との間には類似性がある。両大陸の神話は、地域の環境や各集団の長い歴史の違いによってそれぞれ変形しているが、その基本的な骨組みにおいては同じである、という。南アメリカの神話では火の獲得は、高い/低い、天/地、太陽あるいは雨/人間という二項対立間の葛藤の解決によって行われる。ところが北アメリカの神話では、火はさまざまな品物の交換、共有、保持のなかに位置づけられており、これらの社会では妻を与える側と妻を娶(めと)る側との関係は天/地、高い/低いと等価である。そして火と女性は対立物ないし両極の媒介を図るものである。

 神話学第4巻を1971年に刊行した後も、高齢にもかかわらず、筆を休めることなく、『仮面の道』(1975、1979)、『はるかなる視線』(1983)、『やきもち焼きの土器つくり』(1985)、『オオヤマネコの話』(1991)、『見る、聞く、笑う』(1993)、『ブラジルへの郷愁』(1994)を刊行しているのは驚くべきである。

 『仮面の道』では、彼は北アメリカ北西沿岸部の先住民の用いていた儀礼用の仮面について構造主義的分析を適用している。この地域の人々の芸術を彼はかつて「象徴の森」(ボードレールの詩にあることば)であると述べたことがあるが、神話の研究で用いた方法によって、仮面と社会・宗教とが変形的な関係にあることを示した。『やきもち焼きの土器つくり』では、火の起源に関する神話をふたたび扱い、これと土器製作のための火の起源の神話を対比させ、食物を直接火にかける料理法は、食物を器に入れて料理する方法に発展する。土器作りの起源の神話は、多くの場合、料理の火の起源の神話の変換である。この変換は、神話のなかで、人間による火の獲得から、水のなかあるいは地下の霊界から人間への土器作りの技術の贈り物に力点が移動している。そして神話的思考は分析的思考に対立するものではなく、思考のメカニズムを拡大してみせると結んでいる。

 レビ・ストロースの構造主義の広い影響のうち二、三をあげる。たとえば、イギリスのE・リーチの高地ビルマの社会構造の研究に構造主義の影響がみられるし、ルーベルPaula・G・Rubel(1933― )とロスマンAbraham Rosman(1930― )は構造主義のモデルをオセアニアの社会、習慣の分析に適用している。構造主義はフランスの思想界に影響し、ミシェル・フーコー、ピエール・ブルデュー、ロラン・バルト、ジャック・ラカンなどが生まれている。

[吉田禎吾 2019年1月21日]

『クロード・レヴィ・ストロース著、仲沢紀雄訳『今日のトーテミスム』(1970・みすず書房)』『クロード・レヴィ・ストロース著、荒川幾男他訳『構造人類学』(1972・みすず書房)』『クロード・レヴィ・ストロース著、大橋保夫訳『野生の思考』(1976・みすず書房)』『クロード・レヴィ・ストロース著、馬淵東一・田島節夫監訳『親族の基本構造』上下(1977、1978・番町書房/福井和美訳・2000・青弓社)』『レヴィ・ストロース著、川田順造訳『悲しき熱帯』上下(1977・中央公論社)』『山口昌男・渡辺守章訳『仮面の道』(1977・新潮社)』『三保元訳『はるかなる視線 1、2』(1986、1988/新装版・2006・みすず書房)』『エドマンド・リーチ著、吉田禎吾訳『レヴィ・ストロース』(1971・新潮社/ちくま学芸文庫)』『吉田禎吾・板橋作美・浜本満著『レヴィ=ストロース』(1991/新装版・2015・清水書院)』『渡辺公三著『レヴィ=ストロース』(1996・講談社)』『B. S. D'Anglure'Levi-Strauss, Claude', Alan Barnard & Jonathan Spencer (eds.) Encyclopedia of Social and Cultural Anthropology. pp.333~336.(1996, Routledge, London & New York)』『P. Rubel & A. Rosman'Structuralism and Poststructuralism', David Levinson & Melvin Ember (eds.) Encyclopedia of Cultural Anthropology. pp.1263~1272.(1996, Henry Holt and Company, New York)』

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百科事典マイペディア 「レビ・ストロース」の意味・わかりやすい解説

レビ・ストロース

フランスの人類学者で20世紀最高の思想家の一人。ベルギーのブリュッセルに生まれる。両親ともアルザス出身のユダヤ人。父の職業は画家。パリ大学で法学,哲学を学ぶ。1930年,ブラジルにわたり,サンパウロ大学で教えるかたわら,ブラジルのインディオの人類学的実態調査を契機として文化人類学に取り組む。第二次大戦前夜にフランスに帰国するが,フランスの敗戦で,アメリカに亡命,1948年,フランスに帰国した。マルクス,フロイト,言語学者R.ヤコブソンからの示唆などを通じて隣接科学の影響を受け構造主義人類学を発展させ,構造主義の創始者とされる。その影響は人類学のみならず,思想界全般に及んだ。サルトルの《弁証法的理性批判》を痛烈に批判した。著書《親族の基本構造》《悲しき熱帯》《野生の思考》ほか。コレージュドフランス教授。→構造主義
→関連項目近親相姦互酬性サーリンズサルトル神話学ソシュールデュメジルプロップ文化人類学モース

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