ロレンツェッティ(英語表記)Lorenzetti, Pietro

  • Lorenzetti
  • Lorenzetti, Ambrogio

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1280頃
[没]1348頃
イタリア,シエナ出身の画家。 A.ロレンツェッティの兄。シエナ派の祖ドゥッチオに学んだと思われるが,G.ピサーノらのゴシック的影響を強く受け,アッシジサン・フランチェスコ聖堂壁画『二聖者と聖母子』や『キリスト降架』などで,その激情表現を試みている。の影響とみられるウフィツィ美術館の『聖母子』 (1340) などは,同派の優雅な伝統を受継ぐ彼の代表作といえる。弟とともに 1348年にシエナを襲ったペストで死んだと推定されている。
[生]?
[没]1348頃
イタリア,シエナ出身の画家。 P.ロレンツェッティの弟。とともにシエナ派の祖ドゥッチオに学んだと思われ,また S.マルティーニの影響も認められる。さらに G.ピサーノやジョットの影響をも受けている。兄より才能に恵まれ,それらの諸影響をよく消化して,シエナ派の情緒的な伝統と,さらに優雅な画風を展開した。初期のサンタンジェロ聖堂 (ビコ・ラバーテ) の『玉座の聖母子』 (19) からウフィツィ美術館の『キリスト奉献』 (42) を経てシエナ絵画館の『聖母子』や『聖告』 (44) にいたる一連の祭壇画はそれをよく示している。彼の最も有名な代表作でシエナのパラッツォ・プブリコを飾る『善政悪政』の比喩的大壁画 (38~40) では,空間構成と写実技法の進展をみせていた。 1348年にシエナを襲ったペストで兄ともども死んだと推定されている。

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デジタル大辞泉の解説

イタリア、シエナ派画家の兄弟。兄ピエトロ(Pietro[1280ころ~1348ころ])・弟アンブロージオ(Ambrogio[1285ころ~1348ころ])。兄は劇的な画風、弟はおおらかで人間味豊かな画風を特色とするが、ともに自然主義的な描写遠近法表現を追求。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[一] (Ambrogio Lorenzetti アンブロージオ━) イタリア、シエナ派の画家。ピエトロの弟。ビザンチン風の様式に、ジョバンニ=ピサーノやジョットから学んだ心理表現をとり入れ、独特の優美な画風を展開。代表作は、シエナ市公会堂の壁画。(一二八五頃‐一三四八
[二] (Pietro Lorenzetti ピエトロ━) イタリア、シエナ派の画家。ジョバンニ=ピサーノやジョットの影響を受け、アッシジのサン‐フランチェスコ聖堂下院の壁画などに劇的な表現をもつ作品を描いた。(一二八〇頃‐一三四八

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