ワイス(Rainer Weiss)(読み)わいす(英語表記)Rainer Weiss

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ワイス(Rainer Weiss)
わいす
Rainer Weiss
(1932― )

アメリカの宇宙物理学者、実験物理学者。ナチス政権下のドイツのベルリン生まれ。神経学者の父がユダヤ人であったため一家は、チェコプラハに強制退去させられた。ドイツ軍のチェコ侵攻を機に、1939年1月ユダヤ教徒のつてをたどりアメリカのニューヨークに移住。1955年マサチューセッツ工科大学(MIT)卒業、1962年に同大学からPhD(博士号)を取得した。1960年からタフツ大学で講師、助教授として物理学を教え、1962年からプリンストン大学の研究員、1964年にMIT助教授、1967年から準教授。1973年から2001年までMIT教授。現在は同大学名誉教授。

 ワイスは、アインシュタインが1916年に存在を予言した重力波観測に、長年かかわった。重力波とは、大きな質量をもつ物体が動いたときに時間、空間のゆがみ(時空のゆがみ)が、さざ波のように伝わる現象である。ワイスがMITでアインシュタインの相対論を教えていた1969年に、アメリカのメリーランド大学教授ジョセフ・ウェーバーJoseph Weber(1919―2000)が、「重力波を検出した」と発表した。それは、長さ1.5メートル、直径0.9メートルの円柱型のアルミ共鳴バーで検出するもので、多くの研究者が追試を試みたが、その後、数年経ってもだれも再現できなかった。ワイスは、1973年に共鳴バーではなく、干渉計による重力波の検出のアイデアを思い付き、1.5メートルの腕をもつ干渉計を制作した。この装置は、レーザー光直角L字型)の2方向に分け、一定の距離を置いたところで鏡に反射させ、戻ってきた光を干渉させるものである。この際に干渉縞(じま)が観察されるが、この2方向の距離に変化が生じると、干渉縞が変化するという原理である。ワイスは2方向の腕の長さを5メートル、30メートルと伸ばしていったが、うまくはいかなかった。しかしその干渉計は、今日のレーザー干渉計装置につながるものとなった。

 その後、ワイスとは別に重力波検出実験を行っていたカリフォルニア工科大学教授(当時)のキップ・ソーンと手を組み、1980年代に、重力波を検出する大型のレーザー干渉計重力波観測装置「LIGO(ライゴ)」(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)計画を立ち上げた。1989年から建設が始まったLIGOは、長さ4キロメートルのパイプ2本が直交するL字型の施設で、アメリカ北西部ワシントン州のハンフォードの大草原と、そこから3000キロメートル離れた同南部ルイジアナ州リビングストンの湿地帯に2基設置された。LIGOでは、同時に発射されたレーザー光が先端の鏡で反射し、光の到達時間から長さの変化を観測している。重力波が到達すると、時空のゆがみで、パイプが伸び縮みし、光の到達の時間差に変化がみられる。レーザー光の正確な制御、精度の高い鏡の反射、誤差が許されない巨大実験施設の管理を仕切るために、1994年から高エネルギー物理学の実験家でもあるカリフォルニア工科大学教授(当時)のバリー・バリッシュが、LIGOの責任者として計画に加わり、1000人規模の研究者が参画する巨大科学プロジェクトに発展。ワイスはバリッシュの下(もと)、科学協力チーム(LSC)を率いた。2002年から観測を開始し、しばらく重力波の観測はなかったが、検出感度を高めた改良型の「Advanced LIGO(アドバンスドライゴ)」の本格運用を始める数日前の2015年9月14日に、約13億年前に二つのブラックホールの合体で生じた重力波の観測に成功した。最初はリビングストンで観測され、その7ミリ秒後にハンフォードで観測された。重力波によるゆがみは、わずか250兆分の1ミリで、これによってブラックホールの性質や宇宙誕生直後のようすなどが解明されると期待されている。

 ワイスは、全天から降り注ぐマイクロ波(電磁波)である「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB=Cosmic Microwave Background Radiation)を観測する測定器のパイオニアでもある。1989年に打ち上げられたNASAの宇宙背景放射観測衛星「COBE(コービー)」(Cosmic Background Explorer)衛星の実験部門の責任者としてかかわった。

 2006年COBEチームの一員としてグルーブ賞、2007年アインシュタイン賞、2016年LIGOチームとしてグルーブ賞、ショウ賞、カブリ賞。2017年「LIGOへの決定的な貢献と重力波の観測」により、アメリカの物理学者キップ・ソーン、バリー・バリッシュとノーベル物理学賞を共同受賞した。

[玉村 治 2018年2月16日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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