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ワイス ワイスWyeth

15件 の用語解説(ワイスの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワイス
ワイス
Wyeth

アメリカ合衆国の医薬品会社。医家向け薬品,大衆薬品,家庭用品,獣医用医薬品などの製造・販売を手がけた。1926年持株会社のアメリカン・ホーム・プロダクツとして設立。1931年処方薬のジョンワイスアンドブラザー(1860創業)を買収し,傘下に収める。

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ワイス
ワイス
Weiss, Adam

[生]1490頃.クライルスハイム
[没]1534
ドイツ宗教改革者。初めは人文主義者でマインツ大学で講じていたが,やがて福音主義者となり,ツウィングリの指導を受けつつ,カトリック教会の保守的な人々と闘った。

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ワイス
ワイス
Weiss, Bernhard

[生]1827.6.20. ケーニヒスベルク
[没]1918.1.14. ベルリン
ドイツのプロテスタント神学者。キール,ベルリン各大学教授を歴任。新約聖書の教説を4つの歴史的段階 (イエス,使徒,パウロ,パウロ後) に分けて説明したほか,イエスの心理学的解釈などの新約研究で学界に寄与した。

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ワイス
ワイス
Weiss, Ernst

[生]1882.8.28. ブリュン
[没]1940.6. パリ
オーストリアのユダヤ系小説家。外科医であったが,1936年パリに亡命,ドイツ軍のパリ侵攻の際に自殺。人間と世界の対立を,善と悪との葛藤として描いた作品が多い。『きびしい試練』 Die Feuerprobe (1923) ,『医者と殺人者』 Georg Letham-Arzt und Mörder (31) など。

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ワイス
ワイス
Weiss, Johannes

[生]1863
[没]1914
ドイツのプロテスタント神学者。 B.ワイスの子。マールブルクハイデルベルク各大学教授。イエスの説いた神の国の終末論的性格を強調し,福音書の解釈に新しい紀元を開いた。

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ワイス
ワイス
Weiss, Konrad

[生]1880.5.1. ラウエンブレッチンゲン
[没]1940.1.4. ミュンヘン
ドイツの詩人。カトリック信仰を基調にして,思索に満ちた神秘的で難解な詩を残した。詩集『言葉の心臓』 Das Herz des Wortes (1929) ,詩的な紀行文『ドイツの朝の鏡』 Deutschlands Morgenspiegel (50) など。

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ワイス
ワイス
Weiss, Peter

[生]1916.11.8. ノバベース
[没]1982.5.10. ストックホルム
ドイツの劇作家,小説家,画家。父はチェコユダヤ人の織物業者,母はスイス人の女優。 1934年イギリスを経てプラハに亡命,その間に美術学校に入学,さらにスイスを経てスウェーデンに定住した。

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ワイス
ワイス
Weiss, Pierre-Ernest

[生]1865.3.25. ミュルーズ
[没]1940.10.24. リヨン
フランス物理学者チューリヒスイス連邦工科大学,パリのエコール・ノルマル・シュペリュール (高等師範学校) を卒業,1896年学位取得。リヨン大学 (1899) ,スイス連邦工科大学 (1902) ,ストラスブール大学 (18) 各教授。

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ワイス
ワイス
Weiss, Sylvius Leopold

[生]1686.10.12. ブレスラウ(現ポーランドウロツワフ)
[没]1750.10.15. ドレスデン
ドイツのリュート奏者,作曲家。リュート奏者であった父に学んだのちイタリアに留学,1715年カッセル,16年ジュッセルドルフの宮廷奏者を経て,17年ドレスデンの宮廷楽団の一員となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

ワイス(Peter Weiss)

[1916~1982]スウェーデン国籍のユダヤ系ドイツ語小説家・劇作家。ドイツに生まれ、ナチス時代に亡命。「マラー/サド劇」で成功をおさめた。小説に「御者のからだの影」「両親との別れ」。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

ワイス

ドイツの建設技術者。建設技師としてスイスで活躍後,ベルリンで鉄筋コンクリート関係の会社を創立。同時にJ.モニエの特許を買い取り,M.ケーネンと協力して鉄筋コンクリート構造の理論を完成,技術発展の基礎を築いた。

ワイス

スウェーデンのユダヤ系ドイツ語作家。ベルリン近郊に生まれ1934年亡命。前衛的散文《御者のからだの影》(1960年)で登場。自伝的長編《両親との訣別》《消点》などの後,戯曲《マラ/サド劇Marat/Sade》(正式には《マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者によって演じられたジャンポール・マラの迫害と暗殺》1964年)で成功。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

ワイス

正式社名「ワイス株式会社」。英文社名「Wyeth K.K.」。製薬業。昭和28年(1953)「日本レダリー株式会社」設立。平成10年(1998)「日本ワイス株式会社」と合併し「日本ワイスレダリー株式会社」に改称。同15年(2003)「ワイス株式会社」に社名変更。本社は東京都品川区大崎。米国ワイス社の日本法人。リウマチ・がん・中枢神経・婦人科領域の医療用医薬品の開発・製造を行う。平成21年(2009)米国ファイザー本社によるワイス本社統合にともない、同22年(2010)ファイザーに統合。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

ワイス【Peter Weiss】

1916‐82
スウェーデン国籍のユダヤ系ドイツ語作家・劇作家。ベルリン郊外に生まれ,プラハで美術を学んだが,ユダヤ人迫害を逃れた一家とスウェーデンに移住した。そこで自己閉鎖的な世界に閉じこもり,前衛美術や映画の製作に没頭した。第2次大戦後にドイツ語で作家活動を行うことを決意し,内向的傾向の強い実験小説や自伝を発表した。しかし,しだいに社会との接点を求めるようになり,外向性へと変貌していく。個人主義全体主義を対置させて第三の立場を求めた《マラ/サド劇Marat/Sade》(1964)の成功が転機となって,個人主義を清算したワイスは,世界を抑圧から解放する闘争に参加することを決意し,形式的にも新しい政治演劇《追究》(1965),《ルシタニアの怪物の歌》(1967),《ベトナム討論》(1968)を発表した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

ワイス【Peter Weiss】

1916~1982) ドイツ生まれのスウェーデンの作家。全体主義と個人主義の対置をテーマにした戯曲「マラー/サド劇」で知られ、政治的題材による劇作を行う。ほかに、小説「御者のからだの影」、戯曲「追究」など。

出典|三省堂
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