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ワクスマン ワクスマンWaksman, Selman Abraham

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワクスマン
Waksman, Selman Abraham

[生]1888.7.22. ウクライナ,プリルカ
[没]1973.8.16. マサチューセッツ,ハイアニス
ロシア生れのアメリカ微生物学者。 1910年アメリカに移住し,16年に帰化。ラトガース大学で農学を,カリフォルニア大学生化学を学んだ。 30年ラトガース大学土壌微生物学教授。 49年ラトガース微生物研究所所長。放線菌を広範に研究中,40年にグラム陽性菌だけでなく陰性菌にも有効な抗菌性物質アクチノマイシンを抽出した。その3年後にアクチノマイシンより毒性が低く,結核菌に有効なストレプトマイシンを発見,その功績により 52年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。抗生物質という用語は 41年に彼が案出したものである。 49年にネオマイシン (フラジオマイシン) の抽出にも成功。

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百科事典マイペディアの解説

ワクスマン

ロシア生れの米国の微生物学者。ラトガーズ大学卒。のち同大学教授。1943年放線菌の研究からアクチノマイシンストレプトマイシンを発見。結核の治療および抗生物質の研究に寄与し,1952年ノーベル生理医学賞。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワクスマン【Selman Abraham Waksman】

1888‐1973
アメリカの細菌学者。ストレプトマイシンの発見者として有名。ウクライナのプリルカに生まれ,オデッサで学んだが,1910年アメリカに渡り,ラトガーズ大学に入学,卒業後の16年にアメリカに帰化した。その後,ニュージャージー農事試験所,カッター研究所などに勤務し,土壌微生物についての研究に従事。18年にラトガーズ大学講師,30年に同大教授となり,土壌微生物学の講義を行った。44年,放線菌から結核に著効のあるストレプトマイシンを単離し,後の抗生物質研究の発展の基礎をつくった。

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大辞林 第三版の解説

ワクスマン【Selman Abraham Waksman】

1888~1973) ロシア生まれのアメリカの細菌学者。1944年にストレプトマイシンを発見。また、その工業的製法も見いだし、抗生物質の利用に道を開いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワクスマン
わくすまん

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世界大百科事典内のワクスマンの言及

【化学療法】より

…たまたま重症の肺炎にかかった当時のイギリス首相チャーチルが,ペニシリンによって生命を救われたのは有名なエピソードとなった。一方,このころ土壌微生物間の拮抗現象(生存競争)の研究に従事していたアメリカのS.A.ワクスマンは,ペニシリン発見の報にも刺激され,土壌放線菌の代謝産物を材料として化学療法剤の開発研究を開始した。44年,結核菌を含めた広い範囲の細菌種に有効なストレプトマイシンが発見された。…

【抗生物質】より

…〈微生物によってつくられ,微生物の発育を阻止する物質〉をantibioticと呼ぶことを,アメリカのラトガス大学教授S.A.ワクスマンが1941年に提唱した。日本では,これに〈抗生物質〉という語をあてている。…

【ストレプトマイシン】より

…最初に単離された抗結核性抗生物質。1944年,アメリカのワクスマンらによって,アメリカ,ニュージャージー州で得た放線菌Streptomyces griseusの培養液から単離された。ストレプトマイシンの発見により,ペニシリンやサルファ剤が作用しがたいグラム陰性杆菌を含む広範囲の細菌感染症が治癒し,とくに,それまで不治の病として恐れられていた結核が治るようになって,人類に大きな福音をもたらした。…

※「ワクスマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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