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三井物産[株] みついぶっさん

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百科事典マイペディアの解説

三井物産[株]【みついぶっさん】

1876年創立,三井財閥の中心企業として,また日本最大の商社として国内取引海外貿易圧倒的な勢力をもった。第2次大戦後200余社に解体されたが,漸次統合,1959年総合商社として完全に復元,1965年木下産商を吸収して金属部門を強化した。
→関連項目シーメンス事件商船三井[株]新三井製糖[株]ゼネラル石油[株]総合商社東食[株]東洋エンジニアリング[株]東レ[株]トーメン[株]日本ユニシス[株]益田孝三井海上火災保険[株]三井造船[株]三井不動産[株]森恪

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世界大百科事典 第2版の解説

みついぶっさん【三井物産[株]】

日本を代表する旧財閥系総合商社三菱商事とともに物産・商事と併称される。三井系企業集団の中核。井上馨(いのうえかおる)設立の貿易商社先収会社を,井上の政界復帰の際,三井組が引き継ぐことにより1876年設立された三井物産会社に始まる。初代社長には先収会社東京本店頭取であった益田孝が就任。三井物産会社は,私盟会社という無限責任会社であったが,実質的には三井家が経営責任をもたない形になっており,三井家からの出資もなく,無資本でのスタートであった。

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世界大百科事典内の三井物産[株]の言及

【海運業】より

…一方,大阪商船は台湾中心の近海航路や長江(揚子江)航路の経営に重点を置き,遠洋航路進出は1909年の北米タコマ航路が最初であった。 この間,社外船も戦時の御用船需要に応じ所有船腹量を増大させたが,日露戦争時に購入した大型船を戦後の遠洋航路で運航するのに必要な技術,経験をもたなかったので,その所有船を外国商館や三井物産へ用船に出し,もっぱら用船料収入目的の貸船主義の傾向が増大した。
[第1次大戦を契機に発展]
 第1次大戦勃発とともに,社船とくに大阪商船は交戦国の船舶が撤退した遠洋航路へ相ついで進出し,とくに同社の東アフリカ経由南米航路はブラジルへの日本人移民や雑貨の輸送で活況を呈し,戦後はパナマ経由の世界一周航路へ発展した。…

【化学繊維】より

…ところで,この間における国産技術の向上は糸質の向上,製造コストの低下をもたらし,レーヨン糸の用途を女物帯地から交織物へと広げ,他方1921年以来進められていた関税改正作業のもとで,レーヨン糸輸入関税の従価3割水準への引上げが予想された。26年から28年にかけて,大日本紡績(後のニチボー),三井物産,倉敷紡績,東洋紡績の4社がレーヨン工業に参入して,それぞれ日本レイヨン,東洋レーヨン(現,東レ),倉敷絹織(現,クラレ),昭和レーヨンという子会社を設立した。このうち大日本紡,三井物産,東洋紡の3社は,ドイツのレーヨン・コンサルタントであるオスカー・コーホン社に機械据付け,運転の指導と技術者のあっせんをそれぞれ依頼し,倉紡はフランスのランポーズ式技術を,技術者の現場での実習と機械購入を通じて導入した。…

※「三井物産[株]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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