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三河万歳 ミカワマンザイ

百科事典マイペディアの解説

三河万歳【みかわまんざい】

西三河地方を根拠地として,各地を門付(かどづけ)してまわる万歳江戸時代,三河が徳川家の出身地であることから,三河のある大夫が毎年江戸城に参入するならわしもあり,三河万歳は各地でなじまれ,盛んになった。現在も安城市,西尾市にのこり,新年に関東,関西を訪れる。

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大辞林 第三版の解説

みかわまんざい【三河万歳】

愛知県の西三河地方を根拠地として、正月初頭、主に関東・関西地方を門付かどづけして回る祝福芸。太夫たゆうと才蔵さいぞうが一組みになり、才蔵の打つ鼓の拍子に乗って祝言を述べ、滑稽な言葉のやり取りをし、舞を舞って祝儀をもらう。江戸時代に幕府の保護を受けて盛んであった。才蔵は、江戸の四日市に房総から集まる志望者より選び、一春の契約をする(才蔵市)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三河万歳
みかわまんざい

愛知県西尾市上町(かみまち)の森下万歳(西野町万歳)と、同県安城(あんじょう)市別所町の別所万歳の総称。しかし、この二つの万歳は別物である。森下の伝承演目は「御門開き」(御殿万歳とも)一つ。別所は「三羽鶴(さんばづる)の舞」「七草の舞」(以上旧風を称す)「天の岩戸開きの舞」(新風を称す)の三つ。しかし、同じ安城市でも福釜(ふかま)万歳は尾張(おわり)万歳系で、西尾市の隣の額田(ぬかた)郡幸田(こうた)町の万歳も同様で、三河万歳と尾張万歳は混同されやすいが、まったくの別種である。森下も別所も太夫(たゆう)と才蔵の2人1組で、太夫は烏帽子(えぼし)に大紋の直垂(ひたたれ)、才蔵は侍烏帽子に素襖(すおう)風のものを着るが、森下は太刀(たち)持ちを従える。ともに徳川家康と同郷国の縁で、江戸時代には苗字(みょうじ)帯刀の待遇を受けたが、現行四曲に徳川家をたたえる寿詞(ことほぎ)はなく、明治以降神道(しんとう)職的傾向を強め神道三河万歳を称したためか、皇祖をたたえる寿詞も混在する。来歴は森下が六説、別所が四説を伝え、不詳ながら文武(もんむ)天皇時代の吉良(きら)太夫を祖とする説は一致する。なお、別所万歳は万歳師の転居によって茨城県筑西(ちくせい)市にもある。[西角井正大]

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世界大百科事典内の三河万歳の言及

【万歳】より

…万歳の宮中への参入は大正時代中ごろまであったといい,民間では第2次世界大戦ころまでは盛んであったが,戦後はしだいに衰微し,現在は全国をめぐり歩く万歳の姿はほとんど見かけなくなった。 民俗芸能として地域に残るのは〈尾張万歳〉〈越前万歳〉〈伊予万歳〉などで,〈三河万歳〉〈秋田万歳〉〈加賀万歳〉〈会津万歳〉〈豊後万歳〉は衰微し,〈大和万歳〉〈仙台万歳〉〈津島万歳〉〈伊六万歳〉,沖縄の〈京太郎(ちよんだらあ)〉は廃絶した(京太郎の芸系をひく民俗芸能は現存する)。 万歳は一般には太夫と才蔵の2人が一組になり,太夫が扇をかざし,いろいろとめでたい寿詞(ほぎごと)を言い立て,才蔵が小鼓を打ち囃して合の手を入れる掛合いで進行する。…

※「三河万歳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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