改訂新版 世界大百科事典 「不公正な取引方法」の意味・わかりやすい解説
不公正な取引方法 (ふこうせいなとりひきほうほう)
独占禁止法が禁止する行為類型の一つ。競争的な市場では,売手と買手との間で,互いに,他の売手を排し他の買手を排して,取引の相手方を確保するためのさまざまな試みがなされる。この集積が市場における競争にほかならないが,売手や買手が他の競争者を排除して特定の者と取引しようとする行為の中には,これを放置する場合には,むしろ市場における競争のよき成果の発揮を妨げる結果をもたらすと判断されるものがある。独占禁止法はそのような可能性をもつ6種の行為の外形を2条9項において列挙する。しかし現実の取引社会において,日々行われる取引行為の形態は多様であって,しかも次々に新たな行為が試みられるので,法律によって抽象的に規定された行為類型のみでは,事業者が十分な予測可能性を確保しうる程度に,具体的に禁止行為を特定するのが難しい。それゆえ,独占禁止法は法律の規定に該当する行為の中でさらに公正な競争を阻害する蓋然性の高いものを,より具体的な形で公正取引委員会が指定し,事業者がこの指定に該当する行為をなすことを禁止している(19条)。このような諸行為を総称して,〈不公正な取引方法〉という。
独占禁止法の制定以前にも,事業者間の取引の公正性に関する法律として不正競争防止法(1934公布)があり,現在もこの規制は存在する。しかし,これは商業倫理に反する他人の氏名,商号,商標等の不正使用を禁止し,事業者の営業上の利益を保護するもので,市場における競争秩序の維持という観点からの競争の公正性を問題とする独占禁止法とはその保護法益を異にする。
1947年の独占禁止法の制定時には,現在のような〈不公正な取引方法〉の禁止という形式はとられず,〈不公正な競争方法〉の禁止として具体的な禁止行為の6類型を直接に法律で定め,そのほかに補助的に,公共の利益に反する競争手段を公正取引委員会が指定するものとされていた。53年の法改正の際に,不当な事業能力の格差による営業施設の譲渡命令の規定が削除されたが,それに代わるものとして,従来の不公正な競争方法の規定にはなかった取引上の地位の不当利用(優越的な地位の濫用等)の規定が規制の対象として加えられ,この種の行為の規制の範囲を単なる競争手段に限定せず,より広く,公正な競争秩序に対する悪影響をもたらすものをも含めることを明らかにする趣旨で,呼称も〈不公正な取引方法〉と改められたのである。同時に,公正取引委員会の指定を待って初めて具体的な禁止行為が明示されることとなった。
具体的な行為を示す公正取引委員会の指定には2種類ある。特定の業界における〈不公正な取引方法〉を定める特殊指定と,すべての事業者に適用される一般指定とである。特殊指定の例としては,ゴム履物業,百貨店業,新聞業等に対するもの等がある。一般指定はまさにその一般性のゆえに,事業者にとっては法律と同様な関心の対象となるものである。1953年の指定は12項目に及ぶものであったが,それが82年まで一度も改正されずに運用され,多くの審決例が蓄積された。この間,日本の経済の実態は一変し,しかも運用の過程で1953年指定のさまざまな理論的な難点や文言上の不備も指摘されていたので,82年に,従来の指定の範囲を超えないことを前提にして,禁止行為の類型をより明確に示すことを目的にした改正がなされた(1982年の公正取引委員会告示)。その結果,従来一つの行為として規定されていたものが,いくつかに分けられて規定されたこともあり,現行の指定においては旧指定より4項増えて16項目の指定がなされている。
その内容は,独占禁止法(以下,法とする)2条9項1号の不当な差別的取扱いの規定を受けるものとして指定1項から5項の共同の取引拒絶,その他の取引拒絶,差別対価,取引条件等の差別取扱い,事業者団体における差別取扱いなどがあり,法2条9項2号の不当対価の規定を受けるものとして,指定6項と7項の不当廉売(ダンピング),不当高価購入があり,法2条9項3号の不当顧客誘引の規定を受けるものとして,指定8項から10項の欺瞞的顧客誘引,不当な利益による顧客誘引,抱合せ販売などがあり,法2条9項4号の拘束条件付取引の規定を受けるものとして,指定11項から13項の排他条件付取引,再販売価格の拘束(再販売価格維持契約),拘束条件付取引があり,法2条9項5号の取引上の地位の不当利用の規定を受けるものとして,指定14項の優越的地位の濫用があり,法2条9項6号を受けるものとして,指定15項の競争会社に対する取引妨害と,16項の競争会社に対する内部干渉の指定が存在しているのである。
一般指定の解釈に関して問題となるのは,指定の各項に必ず含まれている,〈正当な理由がないのに〉〈不当に〉〈正常な商慣習に照らして不当な〉といった不確定概念で定められた要件(実質的要件)をどのように解するかということである。これらの要件については,現在,1975年の粉ミルク再販売価格維持事件の最高裁判所判決もあり,公正な競争を阻害するおそれの有無によって判断することで固まっているといってよいが,〈公正な競争〉の具体的な意味内容の理解は必ずしも一致しておらず,これをあくまでも市場機能の維持といった観点から理解する立場と,経済的弱者の保護(強者に対する対等取引権の確保)といった観点からこれを理解する立場とが鋭く対立している。この対立は具体的には,例えば,スーパーマーケットの廉売行為を不当廉売として規制するか否かといった問題に関して,前者はこれを当然の競争的な行為であり,不公正な取引方法にはあたらないとするのに対し,後者はそれによって近隣の中小小売店が被害をうける場合には,不当廉売として規制すべきだという違いを生じさせる。公正取引委員会の法の運用においては,かつては,もっぱら前者の立場が主流であると解されていたが,近時,徐々に後者の立場による判断も現れつつあり,経済社会の変遷とともに,公正な競争の概念の理解にも変化が現れつつある。
とりわけ,1980年代に入って,アメリカの主導による,諸外国からの日本市場の閉鎖性,日本の商慣行の特殊性を批判する動きが強まり,それへの対応策として,外国事業者に対する排他的な取引慣行の是正等を目的として,1991年に公正取引委員会がガイドラインとして〈流通取引慣行に関する独占禁止法上の指針〉を発表した。このガイドラインにおいて,主要な不公正な取引方法の行為類型について,違法性判断に関する公正取引委員会の見解が示されている。
執筆者:来生 新
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報