改訂新版 世界大百科事典 「中小企業金融」の意味・わかりやすい解説
中小企業金融 (ちゅうしょうきぎょうきんゆう)
日本の中小企業金融の問題は金融の二重構造と深くかかわっており,それは日本経済に存在する実体面の二重構造の投影と考えられる。経済の二重構造とは,大企業と中小企業とが存在するというだけではなく,両者が大きな生産性格差をもちながら併存していることを意味する。最近のベンチャー・ビジネス論議にみられるように,中小企業のなかにも高度の技術水準を保持し,また生産性が高いため収益率も高いものも存在しているが,一般的にみれば中小企業は大企業に比べて生産性が著しく低く,かつ経営がかなり不安定であることは否定できないであろう。このような実体面の二重構造に対応して形成されているのが金融の二重構造であり,企業金融の分野に属することは同じであるが,中小企業金融には大企業金融にみられないような金融差別化が存在している。金融の二重構造は貸手(金融機関)と借手(中小企業)の両面から考察するのが便利である。
借手の二重構造
同じ企業であっても大企業と中小企業とでは銀行からみた融資対象としては,評価についてかなり大きな格差があり,そこから種々の中小企業に対する金融上の差別化が生じる。ここでいう差別化とは経済的な根拠をもたない不当な取扱いのことを意味するので,中小企業が大企業よりも経営上のリスクが大きい場合に,金融機関が中小企業に割高な貸出金利を課したとしても,それだけでは差別化とはいえない。だから差別化とは,中小企業に対する貸出金利がリスクを著しく上回る場合,金融機関が取引上の優越的な地位を利用して過大な預金留保を行う場合,さらに金融情勢の変化するときに大企業に比べて不当に信用制限を受けたり借換えを拒絶されたりする場合に生じる現象なのである。
貸手の二重構造
貸手である金融機関の側にも二重構造が存在する。すなわち,大企業を主たる顧客としている都市銀行,信託銀行,長期信用銀行,保険会社等の大企業金融機関と,中小企業と個人に融資対象を限定されている中小企業金融専門金融機関の併存である。中小企業金融機関には,民間金融機関に相互銀行,信用金庫,信用組合があり,民間の中小企業金融を質的に補完するものとして,政府金融機関の中小企業金融公庫,国民金融公庫,商工組合中央金庫などがある。
金融機関からみた融資対象としての中小企業と大企業との異質性として次の2点があげられている。第1は,中小企業の経営体質の前近代性と低生産性である。この点は第2次大戦後の高度成長期に中小企業の近代化が進展したためかなり是正されたとみられるが,小零細規模の企業ほどこのような不利を残存させているといえよう。第2は,中小企業の1件当り借入金額がきわめて小さいことである。このことを金融機関からみれば,中小企業貸出しは貸出しの審査や債権管理に多くの手数がかかることになる。したがって,リスクが存在しない場合であっても,ロットの小さな中小企業貸出しは金融機関の選別の対象になるのである。このような中小企業の金融的不利は,銀行の資力が十分でなかったことにも起因するが,同一の大金融機関が大企業貸出しと中小企業貸出しを併せ行っているという仕組みにも起因しているであろう。それは,すべての金融機関を通じて最小規模の企業に対する融資が限界的に取り扱われるために,より規模の大きな企業の資金需要の変動によって,しわ寄せをこうむりやすいからである。中小企業金融専門機関の存在理由は,このような事情に求められるのである。この傾向は中小企業専門金融機関についても同様であるので,このことを回避するためには借手の規模に応じて,それぞれ限定された規模階層を担当する金融機関を設けることが望ましいことになる。この観点からみると,現行の相銀,信金,信組の3本建てになっている中小企業専門金融機関の制度は,日本の実情に適合したものとみられる。
執筆者:山下 邦男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報