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二・一スト に・いちスト

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

二・一スト
に・いちスト

1947年2月1日午前零時を期して官公庁労働組合を中心に計画されたゼネラル・ストライキ。 46年国鉄のゼネスト体制による首切りの撤回,海員組合のストライキ実行による首切り宣言の撤回,日本電気産業労働組合 (電産) の停電ストなど,第2次世界大戦後の労働運動は高揚の頂点に達していた。このような情勢のなかでインフレーションに悩む官公庁労働者は 46年 11月全官公庁労働組合共同闘争委員会を結成,翌 12月に賃上げ,越年資金,最低賃金制の確立などの要求を政府に提出したが,政府はこれを全面的に拒否し,さらに翌 47年の年頭に吉田首相は労働者に対して「不逞の輩」と放言したため労働側を一層硬化させ全労働者階級の統一行動へと発展した。同年1月 15日全国労働組合共同闘争委員会が結成され,全日本産業別労働組合会議 (産別会議) ,日本労働組合総同盟 (総同盟) ,官公庁労働組合の共同闘争体制 (30組合,400万名) ができあがり,47年1月 18日にゼネスト宣言を発した。さらに日本社会党,日本共産党などを含めた倒閣実行委員会も発足し,吉田内閣打倒,民主人民政府樹立の政治要求も掲げられた。しかしこの計画も1月 31日午後2時半連合国最高指令官 D.マッカーサーの禁止命令によって中止された。連合国総司令部 GHQが労働運動に正面から介入した初めての事例で,初期占領政策の転換を示した。

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デジタル大辞泉の解説

にいち‐スト【二・一スト】

昭和22年(1947)2月1日に予定されていたゼネラルストライキ。激しいインフレによる労働者の不満を背景に、全官公庁共同闘争委員会が結成され、数百万人参加のゼネストが計画されていたが、連合国軍最高司令官マッカーサーの命令で中止になった。二・一ゼネスト。

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百科事典マイペディアの解説

二・一スト【にいちスト】

1947年2月1日に予定され,結局,不発に終わった日本労働運動史上最大のゼネスト計画。1946年官公庁関係組合は共同闘争委員会(参加者260万人)を組織して賃上げなど要求10項目を内閣に提出。
→関連項目片山哲内閣産別民主化同盟全逓信労働組合全労連日本日本官公庁労働組合協議会吉田茂内閣

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二・一スト
にいちすと

1947年(昭和22)2月1日午前零時を期し、官公労働者約260万人を中心に計画されたゼネラル・ストライキ(ゼネスト)で、マッカーサー連合国軍最高司令官の命令で中止された。
 急激な戦後インフレで労働者の生活不安はひどく、民間労働者は前年の十月闘争で賃上げをかちとったが、官公労働者の賃金は予算に縛られ、民間労働者の水準にはるかに及ばなかった。11月26日、全日本教員組合協議会(全教協。現日本教職員組合=日教組)、全逓信(ていしん)従業員組合(全逓。現全逓信労働組合)、国鉄労働組合総連合(後の国鉄労働組合=国労)、全国官公職員労働組合協議会(全官公労協。現全日本官公職労協議会=全官公)などは全官公庁労働組合共同闘争委員会(全官公庁共闘)を結成し、12月3日、越年資金の支給、最低賃金制の確立、勤労所得税の撤廃、総合所得税の免税点を3万円に引き上げよなど、共同要求10項目を政府に提出した。しかし、政府は越年資金を承認したほかは要求を拒否したため、日本労働組合総同盟(総同盟)、全日本産業別労働組合会議(産別会議)など全国労働組合懇談会主催で12月17日、皇居前広場で開かれた生活権確保・吉田内閣打倒国民大会には、官公労働者を含む50万人(主催者発表)が参加し、内閣打倒(倒閣)実行委員会の組織が決められた。
 1947年元旦(がんたん)、吉田茂首相が年頭の辞で労働運動指導者を「不逞(ふてい)の輩(やから)」と非難したため、全官公庁共闘や各組合の闘志は高まり、1月15日総同盟、産別会議、全官公など30組合、400万組合員からなる全国労働組合共同闘争委員会(全闘)が組織された。全官公庁共闘は18日に、2月1日ゼネスト突入を宣言し、政府もようやく事態収拾に乗り出し、官公庁職員給与を暫定措置として平均1.5倍に引き上げると発表、連合国最高司令部(GHQ)もスト計画に警告したが、全官公庁共闘はこれを拒否した。28日皇居前広場で開かれた吉田内閣打倒・危機突破国民大会には40万近い組合員が集まり、吉田亡国内閣打倒、社会党中心の民主政府の樹立など30項目のスローガンが掲げられた。この日、中央労働委員会は現給与の約2倍の平均月1200円の調停案を共闘・政府に示したが、双方とも拒否し、ゼネストは必至になった。しかし、31日午後、マッカーサーはスト中止を命令し、伊井弥四郎(やしろう)全官公庁共闘議長らにスト中止指令をラジオ放送させた。ゼネストは不発に終わり、占領政策はこれを契機に労働運動の抑制に移り、また産別会議では指導方針に対する自己批判問題が発生した。この闘争を通じて総同盟、産別会議を含む全国労働組合連絡協議会(全労連)が結成され、労働戦線統一が一歩前進した。[松尾 洋]
『斎藤一郎著『2・1スト前後』(1956・青木書店) ▽伊井弥四郎著『回想の2・1スト』(1977・新日本出版社) ▽鈴木市蔵著『証言2・1ゼネスト』(1979・亜紀書房)』

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