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東海道五十三次 とうかいどうごじゅうさんつぎ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東海道五十三次
とうかいどうごじゅうさんつぎ

江戸時代,東海道筋に設けられた 53の宿場。江戸日本橋から京都三条までの宿場は品川,川崎,神奈川保土ヶ谷,戸塚,藤沢,平塚,大磯,小田原,箱根,三島,沼津,原,吉原,蒲原 (かんばら) ,由比 (ゆい) ,興津,江尻,府中,鞠子 (まりこ) ,岡部,藤枝,島田,金谷,日坂 (にっさか) ,掛川,袋井,見付,浜松,舞坂,新居,白須賀,二川,吉田,御油 (ごゆ) ,赤坂,藤川,岡崎,池鯉鮒 (ちりふ) ,鳴海,宮 (熱田) ,桑名,四日市石薬師,庄野,亀山,関,坂ノ下,土山,水口,石部,草津,大津である。

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デジタル大辞泉の解説

とうかいどう‐ごじゅうさんつぎ〔トウカイダウゴジフサンつぎ〕【東海道五十三次】

江戸時代、江戸日本橋から東海道を経て京都三条大橋に至る間にあった53の宿場。品川川崎神奈川程(保土)ヶ谷戸塚藤沢平塚大磯小田原箱根三島沼津吉原蒲原(かんばら)由比興津(おきつ)江尻府中鞠子(まりこ)岡部藤枝島田金谷日坂(にっさか)掛川袋井見付浜松舞坂新居白須賀二川(ふたがわ)吉田御油(ごゆ)赤坂藤川岡崎池鯉鮒(ちりゅう)鳴海桑名四日市石薬師庄野亀山坂下土山水口(みなくち)石部草津大津五十三次

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百科事典マイペディアの解説

東海道五十三次【とうかいどうごじゅうさんつぎ】

歌川広重の代表作。1832年初めて東海道を旅した広重は,その途中に写生した沿道の風景を版画にし,翌年保永堂と仙鶴堂の合梓(ごうし)で《日本橋朝之景》から順次開版,1834年1月に55枚のシリーズを完成。
→関連項目善財童子

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とっさの日本語便利帳の解説

東海道五十三次

▽品川、川崎、神奈川、保土ケ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根、三島、沼津、原、吉原、蒲原、由比、興津、江尻、府中、丸子、岡部、藤枝、島田、金谷、日坂、掛川、袋井、見付、浜松、舞坂、新居、白須賀、二川、吉田、御油、赤坂、藤川、岡崎、池鯉鮒、鳴海、宮、桑名、四日市、石薬師、庄野、亀山、関、坂之下、土山、水口、石部、草津、大津

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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世界大百科事典 第2版の解説

とうかいどうごじゅうさんつぎ【東海道五十三次】

東海道の53の宿場を描いた絵画。浮世絵作品としては1690年(元禄3)の菱川師宣《東海道分間之図》が最も古い。これを一宿一図として描いたのは葛飾北斎が始めで,1804年(文化1)版の《東海道》以下4作品がある。しかしそれらは道中風俗図で人物本位となっており,風景版画として本格的にこれに取り組んだのは歌川(安藤)広重である。彼の作品中いちばん初めに制作された1833‐34年(天保4‐5)の《東海道五拾三次之内》が最も有名かつ優秀な作品といえる。

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大辞林 第三版の解説

とうかいどうごじゅうさんつぎ【東海道五十三次】

江戸時代、江戸日本橋から京都三条大橋に至る東海道に置かれた五十三の宿場。1601年(慶長6)制定。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東海道五十三次
とうかいどうごじゅうさんつぎ

江戸―京都間の宿駅を描いた絵画作品で、浮世絵にその例がきわめて多く、その歴史も古い。現在確認されるものとしては、江戸初期の寛永(かんえい)年間(1624~1644)ごろに初期肉筆浮世絵としてたびたび描かれたのがもっとも古い例とされる。中期になると、1690年(元禄3)刊行の菱川師宣(ひしかわもろのぶ)『東海道分間絵図』5帖(じょう)があり、街道の宿場や名所などが詳細に描かれた鳥瞰(ちょうかん)図で、外題が示すように実際に旅行のおりに使用されたものとみられる。江戸も後半期に入ると、東海道の往来は一段と盛んとなり、各地の名所図会が刊行された。1797年(寛政9)には『東海道名所図会』も版行され、一般庶民間での旅への関心の高まりとともに、浮世絵にも数多くの東海道のシリーズが出版されるようになった。この時期、もっとも早く東海道に注目して作品を発表したのは葛飾北斎(かつしかほくさい)で、享和(きょうわ)年間(1801~1804)から文化(ぶんか)年間(1804~1818)初期にかけて6種ものシリーズで各宿場の往来や旅人の風俗などを描いた。北斎には、ほかに1818年(文政1)に大々判(おおおおばん)の『東海道名所一覧』という鳥瞰図もある。
 北斎ののち、東海道の絵師としてもっともよく知られるのは歌川広重(ひろしげ)で、彼もまた生涯に約40種のシリーズを描いた。出世作となったのは保永(ほうえい)堂と僊鶴(せんかく)堂によって出版された『東海道五拾三次』全55枚(1834~1835刊。俗に保永堂版とよばれる)で、1832年(天保3)幕府の八朔御馬献上(はっさくおうまけんじょう)の行列に加わり、京に上ったおりの実際のスケッチを基に作画したと伝えられる。広重の特色は、『東海道五十三次之内』(行書東海道)、『東海道』(隷書(れいしょ)東海道)などを含めて、従来の絵師とは異なり、各街道の景観に主眼が置かれていることであろう。
 その大流行により、以降、東海道は幕末から明治にかけて多くの絵師によってさまざまな角度から描かれ、浮世絵における重要な題材の一つとなり、浮世絵に風景画のジャンルを完成させることとなった。東海道を描いた多くの絵師のなかで特色あるシリーズを残した絵師としては、渓斎英泉(けいさいえいせん)、2世広重、3世歌川豊国(とよくに)、歌川国芳(くによし)、歌川芳虎(よしとら)、豊原国周(とよはらくにちか)などがあげられ、こうした旺盛(おうせい)な制作は明治初年ごろまで続いている。[永田生慈]
『歌川広重絵、吉田漱解説『浮世絵大系14 東海道五拾三次』(1975・集英社)』

歌川広重『東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景』

歌川広重『東海道五拾三次之内 品川 日之出』

歌川広重『東海道五拾三次之内 川崎 六郷渡舟』

歌川広重『東海道五拾三次之内 神奈川 台之景』

歌川広重『東海道五拾三次之内 保土ヶ谷 新町橋』

歌川広重『東海道五拾三次之内 戸塚 元町別道』

歌川広重『東海道五拾三次之内 藤沢 遊行寺』

歌川広重『東海道五拾三次之内 平塚 縄手道』

歌川広重『東海道五拾三次之内 大磯 虎ヶ雨』

歌川広重『東海道五拾三次之内 小田原 酒匂川』

歌川広重『東海道五拾三次之内 箱根 湖水図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 三島 朝霧』

歌川広重『東海道五拾三次之内 沼津 黄昏図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 原 朝之冨士』

歌川広重『東海道五拾三次之内 吉原 左富士』

歌川広重『東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪』

歌川広重『東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺』

歌川広重『東海道五拾三次之内 奥津 興津川』

歌川広重『東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望』

歌川広重『東海道五拾三次之内 府中 安部川』

歌川広重『東海道五拾三次之内 鞠子 名物茶屋』

歌川広重『東海道五拾三次之内 岡部 宇津之山』

歌川広重『東海道五拾三次之内 藤枝 人馬継立』

歌川広重『東海道五拾三次之内 嶋田 大井川駿岸』

歌川広重『東海道五拾三次之内 金谷 大井川遠岸』

歌川広重『東海道五拾三次之内 日坂 佐夜ノ中山』

歌川広重『東海道五拾三次之内 掛川 秋葉山遠望』

歌川広重『東海道五拾三次之内 袋井 出茶屋ノ図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 見附 天竜川図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 浜松 冬枯ノ図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 舞坂 今切真景』

歌川広重『東海道五拾三次之内 荒井 渡舟ノ図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 白須賀 汐見阪図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 二川 猿ヶ馬場』

歌川広重『東海道五拾三次之内 吉田 豊川橋』

歌川広重『東海道五拾三次之内 御油 旅人留女』

歌川広重『東海道五拾三次之内 赤阪 旅舎招婦ノ図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 藤川 棒鼻ノ図』

歌川広重『東海道五拾三次之内 岡崎 矢矧之橋』

歌川広重『東海道五拾三次之内 池鯉鮒 首夏馬市』

歌川広重『東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞』

歌川広重『東海道五拾三次之内 宮 熱田神事』

歌川広重『東海道五拾三次之内 桑名 七里渡口』

歌川広重『東海道五拾三次之内 四日市 三重川』

歌川広重『東海道五拾三次之内 石薬師 石薬師寺』

歌川広重『東海道五拾三次之内 庄野 白雨』

歌川広重『東海道五拾三次之内 亀山 雪晴』

歌川広重『東海道五拾三次之内 関 本陣早立』

歌川広重『東海道五拾三次之内 阪之下 筆捨嶺』

歌川広重『東海道五拾三次之内 土山 春之雨』

歌川広重『東海道五拾三次之内 水口 名物干瓢』

歌川広重『東海道五拾三次之内 石部 目川ノ里』

歌川広重『東海道五拾三次之内 草津 名物立場』

歌川広重『東海道五拾三次之内 大津 走井茶店』

歌川広重『東海道五拾三次之内 京師 三条大橋』


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