二重分節(読み)にじゅうぶんせつ(英語表記)double articulation

改訂新版 世界大百科事典 「二重分節」の意味・わかりやすい解説

二重分節 (にじゅうぶんせつ)
double articulation

言語学用語フランス言語学者A.マルティネ言語理論根幹をなす認識。人間の言語は多くの観察によってこの二重分節をそなえていることが知られ,また人間の言語に課せられた基本的な要請からいっても,そこには二重分節構造がぜひ必要であると考えられる。

 人間の言語に課せられた基本的な要請としては,まず〈多様性〉の問題がある。人間の言語は次々と生じる新たな表現の必要を満たさなくてはならない。そこから無限の多様性の要請が出てくる。しかし一方には〈経済性〉の問題もある。人間の用いる〈せりふ〉は,量的に人間の記憶力が制御できるものでなくてはならない。そこから第1の要請と矛盾する経済性の要請が出てくる。もし人間が一つ一つの必要を,それに対応するただ一つの独自の記号からなる〈せりふ〉でまかなっていこうとすれば,そのような無制限の数の独自の記号は,人間にとって記憶不可能であり,したがって認知も不可能,理解することも不可能であろう。人間の限られた記憶力に可能なのは,多数とはいっても数の知れた意味の切片であり,人間はその数千から数万の意味の切片を組み合わせて,無限の多様性をもつ〈せりふ〉をつくり出す。こうして一つ一つの〈せりふ〉(〈発話〉〈文〉)はごく小さな意味の切片(〈記号素monème〉)に分節され,その切片の認知と,切片の組合せ方の認知とによって内容が決まることになる。この分節が〈第一次分節〉といわれるものである。

 また数千から数万の意味の切片を,一つ一つ,未分化の声のかたまりで区別していくことは,人間の発声能力の点からいっても認知能力の点からいっても不可能であり,ここにも分析的な手法を人間は用いる。つまり意味の切片は,それを表す形の面で,人間に発声可能で認知可能の音の小切片(〈音素phonème〉)に分節される。この分節が〈第二次分節〉といわれるものである。

 意味の切片(〈記号素〉)も音切片(〈音素〉)も人間の能力の分析的な傾向を示すものであり,人間は大きな全体を駆使するために,それを自分の能力で容易に制御できる切片に分解して,そのような部分を確実に制御するのである。言語という巨大な構築物は,意味の切片,音切片という人間にとって確実に操作できる要素を介することがなかったら成立しえなかったであろうし,またとうていそれが現にもっているような力を発揮できなかったであろう。それゆえ,人間の言語のもっとも大きな特徴は,この第一次分節と第二次分節によって成立する〈二重分節〉のしくみであるといわねばならない。比喩的に〈ことば〉の名で呼ばれているさまざまのものから,〈人間のことば〉をはっきりと区別するのもこのしくみである。

 なお,第一次分節が人間の言語にあるということは,必然的に,そこに統辞組織(文法組織)があることを意味する。意味の切片は統合に参加するために,つなぎの切片(〈機能要素〉。前置詞,接続詞など)の助けをかりたり(〈依存要素〉(名詞[節])の場合),あるいは自らの能力によって結合を果たしていく(副詞などの場合)。またしばしば結合の核(動詞述部など)は共存可能な要素に関してある好みを示す。すべてこのような統辞能力は,言語の第一次分節が大記号(〈文〉)を小記号(〈記号素〉)に分けてしまうことの代償として存在するものである。
言語[言語の構造]
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「二重分節」の意味・わかりやすい解説

二重分節
にじゅうぶんせつ
double articulation

言語学者アンドレ・マルティネによって提唱された人間言語の特徴。文(発話)は,意味をもつ最小の単位である記号素 monemeに分析され(第1次分節),次に記号素は,意味を区別する最小の単位である音素 phonemeに分析される(第2次分節)。たとえば「私は頭が痛い」の意であるフランス語"J'ai mal à la tête."は,je(私は)ai(もつ)mal(痛い)à(に)la(定冠詞)tête(頭)の記号素に分析され,さらに têteは/t//è//t/という三つの音素に分析される。

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世界大百科事典(旧版)内の二重分節の言及

【マルティネ】より

…これがきわめて安価に使用できることが前提となり,人間はそれを組み合わせた大記号(〈文〉)をも安価につくり出すことができる。これがよく知られた彼の〈二重分節〉理論の根幹をなす考え方である。二重分節【渡瀬 嘉朗】。…

※「二重分節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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