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五・四運動 ごしうんどうWǔ sì yùn dòng

世界大百科事典 第2版の解説

ごしうんどう【五・四運動 Wǔ sì yùn dòng】

1919年5月4日,中国北京の学生が敢行した反日示威運動とそれに続いて全国各地で展開された一連の愛国運動をいう。大衆運動の力によって北京政府にベルサイユ条約の調印を拒否させた中国近代史上の画期的事件で,旧民主主義革命から新民主主義革命への転換点とされる。 第1次世界大戦が協商国側の勝利におわると,戦勝国の一員に列した中国では,勝利は公理強権に対する勝利であり,講和会議でも公理を原則に戦後処理が行われようとの楽観がみなぎった。

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世界大百科事典内の五・四運動の言及

【中華民国】より

…中国近代史上,最初の国際戦争における勝利である。ところがパリの講和会議(ベルサイユ条約)はドイツの山東権益を日本に与えてしまったので,19年5月,ここに空前の大衆運動である五・四運動が勃発した(山東問題)。運動は勝利をおさめ,中国政府は対ドイツ講和条約への調印を拒否した。…

【中国文学】より

…これ以後の展開は,ほぼ四つの時期に区分して把握することが可能である。
[人道主義文学の時代]
 文学革命の運動は,1919年の五・四運動の大衆闘争と出会うことによって,初めてあらがいがたい時代の潮流となることができた。五・四運動の過程で,全国各地に文字通り雨後のたけのこのように無数の雑誌が誕生したが,それらのほとんどは小説や口語詩を掲載した。…

【陳独秀】より

…安徽省懐寧出身。活動内容からいえば彼の生涯は民族主義者(1900‐12),民主主義者(1913‐20),社会主義者(1921‐28),さらにトロツキスト(1929‐)の4期に分かれるが,中国の社会と政治に最も大きな影響を与えたのは,急進民主主義者として五・四運動期の新文化運動を指導した第2期,そして中国共産党を創立し指導した第3期である。青年時代には反清の革命家として新聞記者,愛国会,秘密結社岳王会等の組織者として活動したが,辛亥革命の失敗が明らかとなってからは,それまでの会党式の組織方法による革命への反省から,国民の文化思想面での革新へと方向を転じた。…

※「五・四運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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