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京極派 キョウゴクハ

大辞林 第三版の解説

きょうごくは【京極派】

鎌倉後期から南北朝中期にかけて京極為兼を中心とした和歌の一流派。藤原為氏・為世らの二条派に対抗し、持明院統の廷臣と後宮を地盤として清新な叙景歌に特色をみせた。「玉葉和歌集」「風雅和歌集」の両集にその作風がみられる。為兼流。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

京極派
きょうごくは

中世和歌の一流派。京極為兼(ためかね)の主唱により持明院統(じみょういんとう)宮廷を基盤に1285年(弘安8)ごろから約60年間行われた。対象を精細に観照し、自由な用語で迫真的に表現することを重んじ、二条派の形式主義と対立。とくに動きと光のある清新な自然詠に特色を示す。「波の上にうつる夕日の影はあれど遠つ小島は色くれにけり」(為兼)。
 活動の成果として『玉葉集』『風雅集』がなるが、観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)(1349~52)で光厳(こうごん)院が南朝に捕らわれるに及び衰滅した。代表歌人に伏見(ふしみ)院、永福門院(えいふくもんいん)、従三位(じゅさんみ)為子、花園(はなぞの)院、進子(しんし)内親王らがある。[岩佐美代子]
『岩佐美代子著『京極派歌人の研究』(1974・笠間書院)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の京極派の言及

【京極家】より

…毘沙門堂家ともいう。為教とその子京極為兼(ためかね)は二条家に対抗して持明院統・西園寺家に親近して立場を確立し,伏見天皇の側近を中心に京極派を形成して歌道の覇権を握る。京極派は中世の勅撰和歌集のうち《玉葉和歌集》(為兼撰),《風雅和歌集》(花園院監)を撰して,その存在を誇示するが,為兼に実子がなく,その没後まもなく断絶する。…

※「京極派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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