人口減少社会(読み)じんこうげんしょうしゃかい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「人口減少社会」の意味・わかりやすい解説

人口減少社会
じんこうげんしょうしゃかい

人口が継続的に減少を続ける社会をさすが、その要因は、出生率の低下と高齢化率の上昇によって、出生者数が継続的に死亡者数を下回るという構造的なものであることから、そうした人口構造をもつ社会と定義することもできる。したがって、飢饉(ききん)や疫病、戦争、貧困など外的な要因によって一時的に人口が減少した社会とは区別される。

 もっとも早く人口が継続的な減少に転じた国は日本(2005)であるが、2010年代にはドイツ、イタリアが減少を始め、今世紀前半には、オランダデンマークフィンランド、韓国、中国、タイ、メキシコブラジルなどの諸国も人口減少社会に突入すると予想されている(国際連合中位推計2008年版)。

 なおこれまでは出生率の低下が出生者数減少の要因であったが、近年では、過去の少子化の結果としての出産年齢女性人口の大幅な減少が、出生者数減少の主たる要因に変化している。とくに日本ではその傾向が著しく、出産の可能性の高い25~39歳の女性人口は、2005年(平成17)の約1300万人から、2030年には約800万人にまで大幅に減少する。したがって出生者数が増加傾向に転ずる可能性はきわめて低く、人口減少社会はきわめて長期にわたらざるをえない。

[松谷明彦]

人口減少社会における問題

人口減少社会における問題は、労働力の減少に伴う問題、人口の高齢化に伴う問題、そして人口密度希薄化に伴う問題に大別される。労働力の減少は国内総生産(GDP)の縮小要因となる。GDPの動向は基本的には労働者数の減少速度技術進歩による労働者1人当りの生産量(労働生産性)の増加速度によって決まるが、今後の日本では労働者数の急速な減少が見込まれることから、2010年代~2020年代には、国民総生産は縮小過程に突入するとの見方が多い。日本経済が縮小経済に移行すれば、企業経営の転換は不可避であり、薄利多売、生産の機械化といった従来の量を基軸とする経営から、製品開発力を基盤とする利益率追求型の経営への転換が必要とされる。しかし一方で、外国人労働力の活用等によって経済成長を維持すべきであるとする意見も根強く、今後の日本経済のあり方については、いまだコンセンサスは成立していない。ただし日本人労働力が大幅に減少することから、経済成長を維持するのに必要な外国人労働力は膨大な量とならざるをえないことに留意する必要がある。

 人口の高齢化は年金や財政の困難化要因となる。年金や財政が困難化するのは、働く人の割合(労働力率)が低下することにより、社会全体としての年金負担能力や税負担能力が低下する一方で、高齢者の割合が上昇することにより、年金給付や財政支出の増加圧力が高まるためである。したがって高齢化率の上昇速度が速いほど、年金や財政の困難化の程度が著しいということになる。日本は各国に比べ高齢化の速度が飛び抜けて速く、年金、財政問題はそれだけ深刻であるといえる。年金については、2004年の年金改革法によって給付と負担の大幅な調整が行われたが、その後の高齢化の速度が政府の見通しを大きく上回っているなど、問題の根本的な解決には至っていない。財政についても、増税と支出削減の時期や割合をめぐって議論が進行中であり、いまだ結論をみていない。急速に進行する高齢化のなかで、持続可能性という観点からの年金制度、財政制度の再構築が早急に必要とされている。

 人口密度の希薄化は都市や集落存立にかかわる問題である。都市においては、下水道や鉄道といった装置型事業の収支悪化、道路や建築物の更新財源の不足などによる、都市の機能低下といった問題が発生する。一方、地方地域では集落の消滅という問題があり、農業集落数は2000年の13万5163から2020年には11万6388まで減少するとの予測もある(2006年農林水産省試算)。これらの問題に対しては、都市機能や行政機能の集中化(コンパクトシティ)、農村人口を確保するための都市、農村の二地域居住の推進、農業活性化などの取組みがみられるが、急速に進行する人口の希薄化のなかで、いずれも根本的な問題の解決にはなりえていない。たとえば、仮にコンパクトシティ化による社会資本の整理統合によって、その地域の人口に対して適正な社会資本ストックの水準が達成できたとしても、人口が継続的に減少を続けるのであるから、早晩そのストックは人口に対して過大なものとなってしまう。また、二地域居住によってその地域の交流人口は増加するかもしれないが、一般的に都市住民は週末等を過ごすだけなのだから、その地方に次世代が形成される可能性は少ない。高齢社会に適合的な地域コミュニティの創成こそが必要とされている。

 現在の経済社会システムは、人口が継続的に増加するという環境の下で形成された。人口減少社会におけるさまざまな問題の根源は、その経済社会システムが、少子高齢化、人口減少という新たな環境に適合しえなくなったところにある。したがってそれらの問題を有効に解決するには、対症療法ではなく、新たな経済社会システムの構築こそが必要とされる。日本経済は縮小したとしても、同時に人口も減少することから現在世界のトップクラスにある1人当り国民所得の水準は維持される。つまり国民ひとりひとりをとってみれば、いまより貧しくなることはなく、世界有数の経済的な豊かさを引き続き享受することはできる。しかしそのうえに、福祉と安全、そして活力をあわせもつ豊かな社会を築くことができるかどうかは、人口減少がすでに始まっているなか、いかに速やかにそうしたシステムの変革をなしえるかにかかっている。

[松谷明彦]

『松谷明彦著『「人口減少経済」の新しい公式――「縮む世界」の発想とシステム』(2004・日本経済新聞社)』『平修久著『地域に求められる人口減少対策――発生する地域問題と迫られる対応』(2005・聖学院大学出版会)』『樋口美雄・財務省財務総合政策研究所編著『少子化と日本の経済社会――2つの神話と1つの真実』(2006・日本評論社)』『大淵寛・森岡仁編著『人口減少時代の日本経済』(2006・原書房)』『松谷明彦著『2020年の日本人』(2007・日本経済新聞出版社)』『松谷明彦・藤正巌著『人口減少社会の設計――幸福な未来への経済学』(中公新書)』

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知恵蔵 「人口減少社会」の解説

人口減少社会

出生率の低下などを背景に、人口が減少し続けている社会。日本は世界に類を見ない人口減少時代に突入しており、人口減少社会という用語は、人口減が将来の日本にもたらす、経済・租税・福祉・教育など、様々な分野への社会的影響を含めて語られる。 日本が人口減少に転じたのは、2005年のこと。その後しばらく小幅な増減を繰り返しながら、ほぼ横ばいで推移してきた。しかし13年は、前年から約25万5千人も減り、過去最大の減少幅となった。14年5月1日現在の日本の総人口は、1億2710万人(概算値)。 今後も若年層の人口増が見込めないことから、50年ごろには総人口1億人を割ると見られている。一つには、低水準にある合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子どもの数/以下「出生率」)の回復が見込めないことがある。日本の出生率は1970年代半ばに人口維持に必要な2.07を割り込んでから、減少傾向が続いており、2005年には1.26まで落ち込んでいる。その後、ゆるやかに上昇し、12年には1.41まで回復した。しかし今後、団塊ジュニアの女性(1971~74年生まれ)が出産ピークを過ぎ、次の世代の人口数も少ないため、たとえ出生率が2.07まで改善されたとしても、人口維持は難しいと見られる。また、50年ごろを境に死亡率も上昇(後期高齢者が減少)するため、2100年には約5000万人まで減るという推測もある(以上、人口問題研究所の推計)。 少子高齢化を伴う急激な人口減少は、労働力不足、イノベーションの停滞による経済力・国際競争力の低下に加え、社会保障費の負担増や医療・介護の不足による生活水準の大幅な低下などの影響を与えると、各方面から指摘されている。「地方の消滅」も現実味を帯びており、有識者からなる「人口減少問題検討分科会」の全国1800市町村を対象にした調査推計によると、2040年までに消滅する可能性のある自治体は、ほぼ半数の896に上るという(14年5月発表)。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2014年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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