人工材料で置き換えた関節をいう。関節が疾患により高度の破壊を受け,その機能を失うか,耐えがたい疼痛を生ずる場合に用いられるが,関節の相対する二つの関節面のうち一側のみを置換する方法(たとえば人工骨頭など)は人工関節とは呼ばない。人工関節は両側の関節面を置換するものであるから,これを行う手術を全置換術という。人工関節はすでに1930年ころからイギリスにおいて股関節で試みられていたが,実用的な人工股関節が登場したのは60年ころからで,その後多くの人々の努力により今日の隆盛をみるに至った。股関節は球関節でその形が単純であるため人工関節のデザインが比較的容易であり,人工関節の開発に適した関節ともいえる。
人工関節に用いられる人工材料の条件は,(1)生体に対し毒性がなく,異物反応が起こらない,(2)長年月の間に体内でその性能が劣悪化しない,(3)摩擦係数が低く,また摩耗が少なく,生じた摩耗粉に毒性が少ない,(4)人工関節としての機能を保つに十分な機械的強度を有する,(5)発癌性がない,などの点である。現在までに用いられた材料は金属では316不銹鋼,コバルト-クロム合金,チタン合金などで,これらは現在も引き続き用いられている。プラスチックとしては超高密度ポリエチレン(UHMWPE)が用いられる。最近セラミック(Al2O3)も用いられているが,まだ歴史が浅く,その評価は今後をまつ必要がある。
人工関節としてこれらの材料を用いるときには,相対する関節面にどのような材料を組み合わせるかが重要である。金属対金属の組合せは摩擦係数が高く,また発生する摩耗金属粉の毒性が強いため現在ではほとんど行われず,超高密度ポリエチレン対金属,あるいは超高密度ポリエチレン対セラミックの組合せが主流であり,とくに前者が最も多く用いられている。次の問題は人工材料を骨にどのように固定するかということである。一つの方法は,セルフ・ロッキングself-locking方式といい,人工材料の形を切除したあとの骨の形にうまく適合するようにデザインし,骨と人工材料がうまくかみ合うようにして固定する方法であるが,この方法では骨と人工材料はある限られた面積でのみ接触することとなる。もう一つの方法は,メチルメタクリル樹脂(骨セメント)を用いるもので,人工材料と骨との間隙を骨セメントで充てんし,骨セメントを介して力が骨に伝達されるようにする方法である。この方法は,骨との接触面積が飛躍的に増大し,力が広く分散される利点があるうえに,固定性も優れている。人工関節が今日のように実用化された背景には骨セメントの果たした功績は大きい。最近では,人工材料の表面に微細な凹凸を無数につけて,この部に新生した骨が侵入成育することにより固定性が得られるような方法も開発されている。
人工関節は次のような問題点をもっている。
(1)摩耗 超高密度ポリエチレンと金属の組合せによる人工関節では超高密度ポリエチレンの接触面で摩耗が起きるが,股関節のソケット(超高密度ポリエチレン製)の摩耗は厚さにして年に0.15mm以下であり,この結果からいえば摩耗そのもので人工関節がだめになることはあまり考えられない。しかし摩耗粉が多量に発生すると,これが組織反応をひき起こし,次に述べるような人工関節と骨との間のゆるみを招くおそれがある。
(2)人工関節と骨との間のゆるみ 現在のところ,人工関節の成績を左右する最も大きな要因である。骨セメントが使用されている場合は一般にセメントと骨との間にゆるみを生ずることが多い。ゆるみは時の経過とともに頻度が増すが,その発生には,人工関節の種類,固定技術,関節の使用頻度,骨の強弱,感染の有無など,いろいろな因子が関与している。
(3)人工関節の破損 金属の疲労現象や超高密度ポリエチレンのクリープ現象などが原因となって起こる。セラミックの固くてもろい性質も破損につながる危険を内蔵している。しかし実際に人工関節の破損が問題になることはそれほど多くなく,特殊な場合に限られている。
(4)感染 大きな異物を体内に埋め込んだ人工関節にとって感染は最大の敵である。いったん感染を起こすと,人工関節を温存したまま治癒させることはきわめて困難である。早期に治療を開始すれば,まれには成功することがあるが,大部分の症例では抜去が必要となる。したがって,人工関節の手術は感染を起こさせない万全の配慮のもとに,またそのような配慮が可能な施設でのみ行われるべきものである。
(1)人工股関節 開発当初の方式,すなわち骨盤の臼蓋側に超高密度ポリエチレンのソケットを用い,大腿骨側には金属製の人工骨頭を用いる方式は現在でも原理的にはまったく変わっていない。人工股関節が主として用いられるのは変形性股関節症や慢性関節リウマチなどの疾患が主であるが,10年以上の長期間の使用でも90%以上に良い結果が得られている。しかし若い人で激しく肉体活動をするような人には行わないのが普通で,年齢が55歳以上とか,リウマチのように全身的な疾患を有する人が対象となっている。
(2)人工膝関節 人工股関節に比して開発がやや遅れたが,初期の形式のものは金属対金属の組合せによるちょうつがい型関節ばかりであり長期使用の成績はいずれも不良であった。1970年代から大腿骨側に金属を,脛骨側に超高密度ポリエチレンを用いる非ちょうつがい形式の人工関節が使用されるようになり,その成績も向上してきた。現在用いられている人工膝関節の種類は世界中で数百種類にのぼるといわれているが,最近では手術成績が向上し,ほぼ人工股関節のそれに匹敵するような成績が得られるようになった。
(3)他の関節 肩,ひじ,手首,足首,手指の諸関節にそれぞれ人工関節が開発され,なかには良い成績をあげているものもあるが,なお現在開発改良の途上にあるといってよい。
→関節
執筆者:工藤 洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
全身のある部分の骨の一部、あるいは一つの骨全体を人工的なもので置換する場合、置換物を人工骨といい、人工骨の一部が関節の片側で構成されているものを人工骨頭、関節の両側すなわち関節をそっくり人工骨でつくったものを人工関節とよぶ。関節が疾患や外傷によってその機能が著しく障害されたとき、手術によって関節を切除し、そのかわりに人工骨頭や人工関節を挿入して機能の再建を図る。材料としては金属やプラスチックが用いられるが、体内に長く置いても異物作用をおこさず、かつ十分な強度を保つものでなければならない。現在では金属としてはステンレス鋼やコバルト合金(バイタリウム)など、プラスチックとしては高密度ポリエチレン(HDP)などが用いられている。また、この手術には人工骨頭を用いる部分置換術と、人工関節を用いる全置換術とがある。置換後、長期に及ぶと人工関節の緩みや破損を生ずることがあるので、原則として高年者に対して行われる。
部分置換術の代表的なものは大腿骨(だいたいこつ)人工骨頭置換術で、1940年に初めてバイタリウム製人工大腿骨頭が使われた。老人の大腿骨頸(けい)部内側骨折や大腿骨骨頭壊死(えし)などに対して広く行われている。そのほか、変形性膝(しつ)関節症に対して行われる半置換術などもある。
全置換術は1938年に人工股(こ)関節置換術が行われたのが最初で、金属製の関節を骨セメントで固定する方法が行われた。1963年にプラスチック製臼蓋(きゅうがい)と金属製人工骨頭を組み合わせた関節を骨セメントで固定する型が発表され、世界各国で臨床的に応用されるようになった。わが国でも1970年(昭和45)ごろから行われている。現在では各関節について種々考案されているが、なかでも股関節にもっとも多く行われており、膝関節がこれに次いでいる。股関節では変形性股関節症に対して行われることが多く、膝関節では関節リウマチや変形性膝関節症などに対して行われている。
[永井 隆]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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