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中書省 ちゅうしょしょうZhong-shu-sheng; Chung-shu-shêng

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中書省
ちゅうしょしょう
Zhong-shu-sheng; Chung-shu-shêng

中国,中世の中央官庁。唐から元にかけて宰相の府であった。前漢時代の文書を扱う中書謁者の官名に由来する。天子の秘書役から枢機を握るようになり,三国ので中書がおかれ,詔勅の起草にあたった。隋は避諱 (ひき) により内史と改称したが唐で復旧し,門下省尚書省と鼎立,長官の中書令2名は宰相に列し,数名の中書舎人が勅文を執筆した。8世紀には中書,門下両省が共同の官庁にまとまり政策決定の中枢となり,宋代は同中書門下平章事が宰相として実権をもった。元代に門下省が廃され中書が全権を握り,地方に出張機関の行中書省をおいた。明初に中書省は廃止され,皇帝が行政を司る六部に直接する体制に変った。

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百科事典マイペディアの解説

中書省【ちゅうしょしょう】

中国の官制。前漢の武帝が宦官(かんがん)にも宮中の文書をつかさどらせ中書謁者と称したのに始まる。魏は秘書を中書と改め,晋・南北朝・隋・唐時代は天子秘書官として,門下省尚書省とともに中央官制の中心をなした。
→関連項目行省洪武帝六部

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大辞林 第三版の解説

ちゅうしょしょう【中書省】

中国の中央官庁名。三国時代の魏に始まり、唐代に三省の一として制度的に確立。詔勅の立案起草をつかさどった。元では最高行政機関。明初に廃された。
中務省の唐名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中書省
ちゅうしょしょう

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世界大百科事典内の中書省の言及

【元】より

…もっとも元朝は創設後20年にして南宋を併合して全中国を版図内に含めたから,同じく征服王朝とはいっても,先輩のキタイ遼帝国,ジュルチン金王朝なみの簡単な統治様式ではすまされない。 首都をモンゴリアのカラコルムから漢地の燕京(現,北京市)に移し,国号を大元と称し,中統と建元した元朝は,いよいよ中国内地に乗り込んで全領域の統一支配に着手することになるのであるが,その場合,金国の故地たる漢地こそが新国家の基盤であり(漢地を中書省腹裏と称して中央政府みずからが直轄するという前例のない統治制度),政権を担当すべき高級職官はひとり譜代関係をもつモンゴル,色目,漢人に限る(百官の長はモンゴルもしくは色目人をもってし,根脚ある漢人はこれに準ずという特異な官制)という統治綱目が鮮明にされた。この体制の下にあっては,かつての本土であったモンゴリア(達達地面)と南宋の故地たる江南が政局中枢部から疎外されるのは必然である。…

【三省】より

…中国,唐代に中央政府の中核を占めた中書省,門下省,尚書省の総称。中書省は天子の書記局として政策の立案と詔勅の起草を担当し,門下省は中書省から送られてきた案文を審議し,協賛したり,封駁と称する拒否権を発動したりした。…

※「中書省」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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