徳田秋声の長編小説。1935-38年(昭和10-13)にかけて《経済往来》に断続掲載。38年,中央公論社刊。山田順子との老年の恋を描いた《元の枝へ》(1926),《春来る》(1927)など,いわゆる〈順子もの〉を集成,発酵させた作品。大正から昭和にかけて起こった新しい文学運動に焦燥を感じていた老作家庸三は,作家志望の葉子を通じてモダニズムの風俗感覚をとりいれようとするが,彼女の奔放な性の遍歴に翻弄される一方で,貪欲な作家的関心から未練を絶ち切ることができない。そうした異常な恋愛体験を冷ややかに見つめているところに私(わたくし)小説の極北と称されるゆえんがある。冒頭のサンタクロースの仮面が燃え上がる描写は,道化の象徴として有名。
執筆者:前田 愛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
徳田秋声(とくだしゅうせい)の長編小説。1935年(昭和10)7月から38年8月まで『経済往来』(35年10月『日本評論』と改題)に連載された。38年12月、中央公論社刊。第1回菊池寛賞受賞。初老の作家稲村庸三(ようぞう)が、妻の死後に近づいてきた若い作家志望の梢(こずえ)葉子にひきつけられ、「飛んでもない舞台へ、いつともなし登場して来たことを慚(は)ぢながらも、手際のいい引込みも素直には出来かねる」仮装の人物として展開する愛欲を描く。秋声と山田順子との交渉を、虚実の間に天衣無縫な構成によって描いた、作者の私小説系の傑作である。
[和田謹吾]
『『秋声全集17』(1974・臨川書店)』▽『野口冨士男著『徳田秋声の文学』(1979・筑摩書房)』
出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報
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