日本大百科全書(ニッポニカ) 「企業系列」の意味・わかりやすい解説
企業系列
きぎょうけいれつ
group of enterprises
keiretsu
複数の企業が特定の利害を基礎にして形成する結合関係。明確な理論的定義はなく、一般には大まかに二つの視点から使用される。第一は、企業系列を企業結合・企業集団・企業グループとほぼ同じとみなす理解であり、三菱(みつびし)系や住友系などの旧財閥系企業集団、○○銀行系のような融資先の企業群を企業系列とよぶものである。第二は、企業系列をきわめて日本的特質の強い企業間関係で結ばれた企業群をさすとする理解である。この意味では、企業系列は特殊日本的な企業結合であり企業集団であるといえる。日本的特質の強い企業間関係とは、支配と従属、長期的取引のような外形的特質だけでなく、その根底に相互依存、共存共栄、信頼と報恩のような内面的特質が潜んでいて、しかもこれら外形と内面が一つの企業間文化として機能しているところに特徴がある。こうした日本的特質をもつ企業系列について、欧米ではkeiretsuの語をそのまま使用することも少なくない。そのうえで、排他的・独善的企業結合として批判する論評がある一方、その特質が日本企業の競争力の源泉となっている点を直視し評価して、そのような系列を市場(自由な取引による資源配分)と組織(計画的管理による資源配分)の中間に位置するシステムとする理論も現れている。
これら二つの視点は、現実には明確に分離しがたい場合が多い。たとえば、第一の用法でいう銀行系列は、日本の場合、単なる資金の融資関係にとどまらず、銀行による支配が陰に陽につきまとったり、企業が安定した財務基盤を確保したりするために特定の銀行をメインバンクとして信頼関係を維持するのが普通だからである。そこで以下では企業結合の基礎になる特定の利害の実態によって、資本系列、生産系列、販売系列、仕入系列など機能的視点を主としながら、前記の二つの視点を適宜織り込んで企業系列を把握することにする。
資本系列とは、資本、具体的には株式の所有関係を紐帯(ちゅうたい)とする企業群である。これには、水平的系列、垂直的系列、両者の複合系列があり、狭義には最後の複合的系列をもって企業系列とすることが多い。水平的な資本系列は、一般に株式の持ち合いとよばれ、複数企業が相互に株式を持ち合うことにより、経営の安定した基盤を相互に確保するものである。株式の相互保有は、投資を主目的とするものではなく、企業間関係の強化、取引の持続的円滑化などを目的としており、各企業はほぼ対等の地位を保ち、一面で相手先の擁護と不干渉の信頼関係を、他面で相手先の理解・支持の獲得と迷惑を及ぼさないという義理の関係を形成する。通常、持ち合いの株式比率は比較的低く、象徴的な水準であることもまれではない。このような株式の持ち合いは、伝統的に広範囲に行われ、日本的特質の一つとして賛否の議論をよんでいたが、批判の高まりとともにかなり後退した。しかし経済のグローバリゼーションによるM&A(企業の合併・買収)が盛んになると、それへの対抗策として見直されている節もある。
垂直的な資本系列は、支配と従属の出資関係をもつ企業間関係であるが、そうした親・子・孫会社の所有関係全般というよりは、それらに生産・販売等の機能的関係が加わった場合をとくに(垂直的)企業系列とよぶのが通例である。この機能的関係のみに注目すれば、後述の生産系列、販売系列になる。以上の水平的・垂直的関係を複合する企業系列は、企業集団とよばれることも多い。三菱系列、三井系列、住友系列のような旧財閥系の3企業系列はこの典型であり、多くの産業・事業を一つのセットとして網羅しているものであった。このような旧財閥系企業集団は、第二次世界大戦後いったん解体されたが、その後復活し再編された。しかし、経済のグローバリゼーションによって旧財閥の垣根はしだいにその存在理由を喪失し、その枠にこだわらない企業間合従連衡(がっしょうれんこう)が大胆に展開している。
資本系列の一種に該当するが、日本で重要性の高いものが銀行系列である。それは、メインバンクを中心にした融資企業の集団であり、とくに芙蓉(ふよう)(富士銀行)系、三和銀行系、第一勧業銀行系の3銀行系列は、前記の財閥系3企業系列とともに6大企業系列とよばれて、第二次世界大戦後の成長発展期には日本経済の基幹構造を形成していた。しかし、やはり経済のグローバリゼーションにより、三井住友銀行が象徴するような6大銀行自体の合従連衡が進むと、既存の企業系列は大きくその様相を変えることになった。
生産系列は、製品の開発・生産を効果的に遂行するための企業系列である。こうした企業系列の典型は、元請(もとうけ)と一次・二次等の下請(したうけ)関係を形成する企業群、あるいは最終製品を生産する大メーカーとそのメーカーに部品を供給する多数の部品メーカーからなる企業群である。このような企業系列の古典的理解は、上位企業による下位企業の支配・搾取の構図とするものであった。そのような現実が実在したことは否定できないが、現代の実態の理解には、そうした利害の対立・相克面を説くのみでは不十分である。それよりもむしろ協力・信頼の関係と理解するほうが実態に即しているとの説が支配的になってきた。その根底には、多数の企業・部門が緊密な調整行動を必要とする部品集積型産業の生産の実態として、インテグラル型(擦り合わせ型)とモジュール型(組み合わせ型)がある、との認識がある。前者は、開発・設計の段階から最終的に製品を組立て・出荷するまでの多くの工程で、完成品メーカーと部品サプライヤー(製造・供給者)間の緊密で頻繁な調整が行われる状態をいい、その典型は、自動車産業における完成車メーカーを頂点とする部品生産メーカーのピラミッド型企業群である。これに対して後者は、標準化された部品の組み合わせによって製品を完成させることが比較的容易な状態をいい、パソコンや携帯電話の生産がこれに該当する。日本企業は前者の擦り合わせ型のモノづくりに優位性をもつといわれ、アメリカや韓国の企業は後者の組み合わせ型に優位性をもつとされている。擦り合わせ型が、信頼を基盤とした長期取引に支えられて成り立つことを考えれば、日本企業の優位性が日本的企業系列と深く結び付いていることが理解できよう。
販売系列は、大メーカー、総合商社、フランチャイザー(権利をもつ親企業)などが流通ネットワーク上の流通企業を、特約、代理店契約等の方法で結合するものである。このような販売系列についても、生産系列と同様に、支配と従属の関係とみる視点とともに、より機能的に相互依存の信頼関係とみる視点が成立する。後者の視点を強化する方策として、販売奨励金制度や上位企業による経営指導・教育訓練等の下位企業支援策がとられる。販売系列では、特定メーカーの製品に取扱いを限定することがあるが、これは独占禁止法違反ではないかとの批判がある。販売系列を物流の下流側からとらえれば、仕入系列になる。
企業系列については、資本、生産、販売のような機能関係に重ねて役員の派遣、社長会のような経営者の人的交流、参加企業の協力・相互啓発組織を上乗せし、紐帯を強化している事例が多い。
[森本三男]
『下谷政弘著『日本の系列と企業グループ』(1993・有斐閣)』▽『奥村宏著『日本の六大企業集団』(1994・朝日新聞社)』▽『橘川武郎著『日本の企業集団』(1996・有斐閣)』▽『島田克美著『企業間システム――日米欧の戦略と構造』(1998・日本経済評論社)』▽『釜賀雅史著『現代企業の構造』(1999・学文社)』▽『張淑梅著『企業間パートナーシップの経営』(2004・中央経済社)』▽『菊地浩之著『企業集団の形成と解体――社長会の研究』(2005・日本経済評論社)』▽『『企業系列総覧』各年版(東洋経済新報社)』