宮本百合子の自伝的長編小説。1924-26年《改造》に分載,大幅に加筆し28年刊。作者は1918年に19歳でアメリカへ留学,その地で日本人の中年の古代イラン語学者と結婚。帰国後をもふくめて4年にわたる苦渋にみちた結婚生活をようやく解消した時点で,それまでの全経過を自己に即して描いた作。人生に疲れた男へのロマンティックな愛は,結婚にふみ切ることで女として人間としてさらに成長したいと願っていた若い作者にとってはおよそ意外な,男の現実の露呈として報いられ,しかも夫がしがみつく日本的な古い〈家〉と男女とのしきたりの重さにも直面させられる。これらをひとつひとつ切りぬける苦痛を通して成長する女の自我の比類少なく確かな表現となったこの作は,大正期の婦人の文学を代表するだけでなく,日本近代文学を代表する作品の一つとなっている。
執筆者:小田切 秀雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
宮本百合子(ゆりこ)の長編小説。1924年(大正13)3月から26年9月まで『改造』に断続連載。28年(昭和3)3月改造社刊。作者の実生活に忠実な私小説。伸子はアメリカ留学中、苦しい生活をしてきた暗い印象の佃(つくだ)と、親の反対を押し切って結婚する。これまでの生活の殻を破り、本当の生活を実現しようとする意欲の現れだった。しかし、佃は、ようやく獲得した中流的生活に安住し、伸子を失望させる。本当の生活を求める努力はことごとく失敗し、愛憎の泥沼にあえぐ伸子は、悪戦苦闘のすえ、ついに離婚に踏み切る。親の家からも夫の家からも脱出して、自分の力で新しい生活を切り開こうとする若い女性の真剣な姿は、多くの女性の共感を得た。
[伊豆利彦]
『『伸子』(新潮文庫・新日本文庫)』
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