さくぶん‐きょういく‥ケウイク【作文教育】
- 〘 名詞 〙 小・中・高等学校において、国語による文章表現力を育成するため、計画的に指導する教育活動。指導の範囲には、経験したことを書く生活文をはじめ、観察記録文、感想文、意見文、論説文、通信文、物語文、詩などが含まれる。
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さくぶんきょういく
作文教育
writing education
作文(情報を伝えることを目的とし,文章を作ること)能力を習得させるための教育を指す。作文教育には,事実と意見を書き分ける,ジャンルに合わせて文章を書き分ける,などの作文技能の教育,および書いた文章を読み返す推敲(ことばを探す,選ぶ)や彫琢(文章を整え,磨く)の指導も含まれている。作文教育は小学校・中学校・高校の段階で行なわれることが多いが,レポートがまとめられないとか,論文をまとめられないという大学生が増える状況にあることから,大学生にも作文教育が必要であるとの認識が大学関係者の間でも広がっている。本項では,大学生のための作文教育について述べる。
【大学生の作文力育成の必要性と課題】 大学進学率の上昇,グローバル化,産業界からの要請などにより,大学教育の質保証の必要性が強く認識されるようになってきた。こうした動向の中で大学生の作文教育,レポートライティング力の育成は,多くの大学で必須の課題としてとらえられている。大学レベルのレポート作成には,論理性だけではなく,創造性,コミュニケーション力,批判的思考,メディア・リテラシーなど,さまざまな能力が関与する。レポートライティングの教育を通して,これら21世紀型の能力が育成される可能性もある。大学でのレポートは問題,主張,根拠から成るとされる。問題とはそのレポートで取り上げる問題であり,主張とはその問題に対する自らの主張であり,根拠とは主張を支える事実や推論を指す。そしてこれらを論理的に配列し,論述することが求められる。ここから大学生の作文教育では二つの事柄が取り上げられねばならないことがわかる。一つ目は,何を書くか,すなわち「問題設定」についての教育であり,もう一つはどう書くか,すなわち「論述」についての教育である。
【問題設定についての教育と支援】 レポートの作成において,最も困難な部分は「何」を書くかを決定することである。ここでは問題として何を取り上げるのか,どう主張するのか,そしてどのような根拠を選び出すかが含まれる。これらをまとめて問題設定とよぶことにする。
問題設定では漠然とした主張や関心を論証可能な,すなわち論拠が得られる命題へと洗練することが求められる。このとき,論点を事前に整理すること,すなわちプランニングを十分に行なうことが重要である。また頭の中だけで考えるのではなく,箇条書きや概念地図などの思考の外化手段を用いることで,より良いレポート作成が可能になるという知見がある。
問題設定のためには,関連文献を読むことが欠かせない。読解の際に,ただ漠然と読むのではなく,下線を引いたり,メモを残すことが理解にとって重要である。とくにレポート作成を目的としたときの読みは,通常の読みのように書かれていることを正確に理解するだけでは十分ではない。そこでは書かれてあることの論理性や妥当性をチェックしたり,自らの理解を反省したりしながら,自分の考えを深めることが求められる。こうした読みは批判的読みcritical readingとよばれている。
批判的読みには当然ながら批判的思考が密接に関係している。文献の構造(問題,主張,根拠)をとらえること,隠れた前提を探し出すこと,そして根拠の種類とその妥当性をチェックすることなどが含まれる。これらを通して先行研究の問題点を把握することは問題設定を促進する。ただ初期段階では関連知識が不足しているため,批判的思考をうまく働かせることは困難な場合も多い。こうした場合には,直感的な判断を下線やメモの形で残していくことが,その後のレポート作成に良い影響を与える。
また問題設定や書くべき対象の理解に関しては,協調学習も有効である。協調学習はグループの目標達成の中で,協調的談話を行ない,そこで自分の理解や他者の理解を検討する相互モニターが生じる。これらはレポート作成にとって有効である。たとえば,取り上げる現象にかかわるさまざまな文献をグループ内で分担して読み合い,それを統合して理解を深めるジグソー法jigsaw techniqueは,書くべき内容の発見,選択,組織化に有効であるという知見がある。
【論述についての教育と支援】 問題設定が終わり,書くべきことの候補ができあがると,それを実際の文章にする段階になる。論述にはある種の形式が存在し,それに従って書くことが求められる。たとえば,学術論文は一般にIMRAD形式,すなわち導入introduction,方法method,結果result,そしてand討論discussionで書かれることになる。実験的な論文である場合には,この構成は必須である。トゥールミンToulmin,S.(1958)は『議論の技法The Uses of Argument』において議論の一般図式を提案したが,この図式はレポートや論文一般を作成する際に有用である。これは主張claim,データdata,保証warrant,裏づけbacking,反論refutation,限定qualificationから成る。ある主張を行なうときには,それをサポートするデータが必要である。さらに,データと主張との間の関連性についての保証や裏づけが必要となる。また,主張には例外があるケースがほとんどであることから,主張のウィークポイントについて自ら反論を行ない,それに基づいて初期の主張を限定する,あるいは再反論を行なう必要がある。この前半部分(主張,データ,保証)だけを用いた,簡易版の図式もあり,これは三角ロジックとよばれることがある。こうした型を教えることでレポートの質が高まることが知られている。
論述力の育成の方法として,協調学習を取り入れたものもある。学習者同士が各自のレポートを評価,コメントし合う相互レビューpeer reviewという方法がある。これによって型を直接教えなくても,型に従った論述が増加することが知られている。また,これらをICT技術(情報・通信技術)を用いて行なう研究も進んでいる。こうした方法を用いることで,教師の添削にかかわる労力が軽減されるだけでなく,教師の添削と同等の効果が得られるという知見もある。 →作文心理学
〔鈴木 宏昭〕
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作文教育
さくぶんきょういく
文章表現力を育成する教育活動。児童・生徒の文章表現力を確実に意図的・系統的に指導して伸ばしていく実践営為として、小・中・高等学校における国語科に固有の位置を占める。
[野地潤家]
わが国の国語科教育においては、国語科の創始以来、あるいはそれ以前から、読むことの指導(読解指導・読書指導)が主流であった。それに対して、作文指導(書くことの指導)は、熱心に取り組まれ、模索を重ねつつ開拓がなされてはきたが、国語科に十分に根を張って定着し、本流をなすところまでは至っていなかった。しかし、国語科における作文指導の重要性は、読むことの指導と並んで、ますます高まっている。
[野地潤家]
児童・生徒の文章表現力の育成は、国語科教育の究極目標であり、重点目標とされている。したがって、児童・生徒は、作文学習を通じて、個別に、または相互に、さらには全体として、文章を書く生活をどのように展開し、文章を書く態度と能力をどのように伸ばし、学習・生活・個性をどのように充実させていけばよいのか。この根本課題を中心軸にして整えられなくてはならない。
[野地潤家]
明治前期は、通信文・公用文など実用的な文章の指導に重きが置かれた。また題目と模範文とがあらかじめ示され、それを模倣する受動的な学習が主であった。明治後期は、先導的に自作文が目ざされはしたが、依然として範文模倣が踏襲された。技能本位のさまざまな指導法が試みられた。
大正期に入ると、写生主義の作文指導が行われたり、芦田恵之助(あしだえのすけ)によって随意選題による作文指導が提唱されたりして、近代作文の基礎が固められた。鈴木三重吉主宰の『赤い鳥』(1918創刊)による綴方(つづりかた)指導は、児童の文章表現指導に大きい寄与をした。昭和期に入ると、生活綴方が提唱され、新生面を開拓した。1941年(昭和16)国民学校の発足とともに綴方指導の体制も整えられたが、戦時色を増し、十分に結実させるところまでには至らなかった。
[野地潤家]
学校における作文指導体制は、まず国語科で扱う基本領域と、他教科の指導や特別教育活動や生活指導などで扱う関連・発展領域とに分けられる。
国語科で扱う基本領域では指導上の文章形態として、日記・通信・生活文・記録・感想・論説・説明・創作などが考えられる。これらのうち、生活文は在来作文指導の中心形態として扱われた。生活文には児童・生徒の生活上の諸経験・諸事件が、ある主題・話題・問題意識を中心に取り上げられ記述される。分量制限がなければ、指導者の処理すべき分量はかなりの枚数に上り、提出された文章(作品)ごとに表記面・表現面・内容面にわたって精細に添削し批正をしようとすると、時間上のゆとりも尽きるのが普通であった。いきおい作文指導の停滞も生じがちであった。第二次世界大戦後の作文指導においては、こうした戦前からの作品主義(できばえ主義)を、どのように克服していくかが絶えず求められた。
[野地潤家]
学校作文では、文章表現過程(取材・構想・記述・推敲(すいこう)・批正・処理)に即して、指導の効率化が目ざされ、また生活文指導のほかに、学習活動に取材する学習作文も目ざされるようになった。小・中・高等学校ともに、文章表現指導はもっとも重視され、努力が重ねられている。
また、学校における作文教育に対して、一般社会人を対象とした作文指導も行われている。公民館活動に取り入れられている文章教室(作文教室・作文講座)などがそれである。日本人は世界的にみても、もっともよく文章を書き、しかもよい文章を書く民族であると外国人学者(日本語学専攻)からみられている。しかし、さらに周到に指導を積み上げていかなければならない問題が多く残されている。国民教育としての作文教育は、社会生活のなかで必要に応じて、平明達意の文章をものすることのできる書き手を育てていくことが望ましい。
[野地潤家]
『倉沢栄吉他編『新作文指導事典』(1982・第一法規出版)』▽『野地潤家著『作文指導論』(1975・共文社)』
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作文教育 (さくぶんきょういく)
児童・生徒を主たる対象として,学校などにおいて意図的,計画的に文章表現の能力の育成をはかろうとして行われる教育の総称。綴方教育あるいは文章表現指導ということもある。日常生活の具体的経験を素材にして,具象的に記述したり,考えをまとめたりする生活文だけでなく,調査・観察の結果をまとめる記録文(観察文),何らかの主題についての意見をまとめる意見文,手紙やはがきを書く書簡文,読後の感想を書く読書感想文,物語や詩,シナリオなどを創作する創作文などの文章表現指導もそのなかに含まれる。文をつづるということは,話すことに比べ,はるかに抵抗の多い作業であるから,その指導方法には困難も多く,これまで多様な模索が行われてきた。明治時代には模範文を示し,それを模倣させるという方式が主流であったが,大正時代に自由主義的な風潮が広まると,子どもたちに自由に題を選ばせる自由選題方式が唱えられ(鈴木三重吉らによる),以後この方式が一般化した。生活綴方はこの延長上に生み出されたものであるが,戦後はアメリカ的な言語技術主義が導入され,言語技術養成としての作文教育が主流となって今日に至っている。しかし生活綴方的な,あくまでも生活の具象を叙述することを通じた文章表現力と現実認識力の育成の主張も根強く,両者が並存しているのが現実である。作文教育は,寺子屋以来の書くことを通じた教育という日本の教育伝統のなかで中心をなすものであるが,視聴覚時代の到来とともに生じている文字離れという現実のなかで,今日,あらたに目標と方法の模索をせまられているといえる。課題としては,(1)表現以前の,文章を書こうとする意欲の開発と書くことの意義の自覚を促す教育的方策の綿密な探究,(2)生活指導とつながる生活綴方的方法と,国語科教育の一環としての言語技術指導的作文教育との共通性と独自性の研究,(3)諸教科の学習における作文指導の位置づけの探究と方法の開発,(4)文章表現の育成に伴う人間形成的諸側面の価値の吟味とそれに応じた作文指導の全体構想や体系化の研究,などが考えられよう。
→国語教育 →生活綴方
執筆者:汐見 稔幸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
作文教育【さくぶんきょういく】
綴方(つづりかた)とも。主に児童・生徒に文章表現力を育てる有力な教育方法。形態は手紙,日記,記録,報告,感想発表等および物語・詩,シナリオなどの文章表現指導に及ぶ。その指導は,明治時代には,模範文を示してそれを模倣させる方式が主流だったが,大正時代以降は,子どもたちに自由にテーマを選ばせる自由選題方式(鈴木三重吉らの提唱)がひろまり,生活綴方運動も,この延長線上にある。
→関連項目芦田恵之助
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作文教育
さくぶんきょういく
文章や詩を書く表現力を,それらの表現活動や鑑賞,批評を通して発達向上させる教育。通常は国語科の一分野。いわゆる綴り方も作文の一つであるが,その他,日記,手紙,意見や感想あるいは観察文,解説文,詩歌や小説などの文芸的作品の創作を含めて,広く生徒の経験するさまざまな記述的表現活動がその内容となる。ただ,作文教育は表現力指導により力点をおくものとして,生活現実を写真的に細叙することによって自分の問題を発見し,真実の追究に向おうとする生活綴り方の見地からは,批判的にみられる。
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