保全訴訟(読み)ほぜんそしょう

改訂新版 世界大百科事典 「保全訴訟」の意味・わかりやすい解説

保全訴訟 (ほぜんそしょう)

民事保全法(1条以下)の定める仮差押えおよび仮処分総称保全処分ともいう。狭義では,仮差押え,仮処分の手続のうち,執行手続を除いた裁判手続のみをさす。

 仮差押えとは,金銭債権金銭を支払えと請求できる債権)をもっている債権者が将来行う予定の強制執行が不能・困難にならぬよう,これを保全するため,その債権額に見合う債務者の財産を一時差し押さえ,その財産の現状を維持する制度である。仮処分には,〈係争物に関する仮処分〉と〈仮の地位を定める仮処分〉という,性質の異なる二つの種類がある。〈係争物に関する仮処分〉は,家屋を明け渡せとか特定物を引き渡せというような特定物の給付を目的とする請求権を有する債権者が将来の強制執行を保全するために,その特定物の占有移転禁止,処分禁止,保管その他現状を維持する措置を講ずる制度である。これに対して,〈仮の地位を定める仮処分〉は,権利または法律関係に争いがあることから現に生じている危険や不安を除去するため,暫定的措置を講ずる(たとえば,解雇効力に争いのある場合に,とりあえず従業員である地位を定める)制度である。このような仮差押え,仮処分の手続は,仮差押命令仮処分命令を得る段階と,その命令を現実に執行する段階とに分かれる点で,民事訴訟と強制執行の関係と同じである。前の段階は狭義で保全訴訟といい,民事保全法(2条1項,9~25条)に規定され,後の段階は保全執行と呼ばれ,同じく民事保全法(2条2項・3項,43~57条)に規定されている。以下,狭義の保全訴訟について述べる。

 仮差押え,仮処分をするためには,債権者が裁判所にそれを申し立てることを要する。その要件は,(1)仮差押え,仮処分によって保全・対処すべき権利または法律関係があること(被保全権利),(2)仮差押え,仮処分を今しておかないと将来の強制執行が不能・困難となり,または現に生じている危険・不安が増大すること(保全の必要),である。仮差押えおよび〈係争物に関する仮処分〉は,ほとんど口頭弁論を開かず決定でこれを命ずるので,上記の要件が備わっているかどうかの審査はきわめて簡易・迅速に行われる。仮の地位を定める仮処分の場合には,口頭弁論または債務者が立ち会うことができる審尋期日を経なければ命令を発することができないとされている(23条4項本文)。仮差押えおよび係争物に関する仮処分が現状維持を目的とするのに対して,仮の地位を定める仮処分は現状の変更を求めるものが多く,債務者に重大な影響を与えるし,一般に密行性の要請もないことから,債務者に立会いの機会を保障したものである。ただし,その期日を経ることによって仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは,その必要がない(23条4項但書)。それでも通常の民事訴訟の裁判手続と比べてはるかに迅速である。仮差押え,仮処分が口頭弁論を経ることなく決定で命ぜられた場合には,債務者は異議を申し立てれば,その裁判所で,今度は口頭弁論を開いてさきの仮差押命令,仮処分命令の当否を判断してもらえる。また,債務者は,異議とは別に,その後の事情変更等を理由として仮差押命令,仮処分命令の取消しを求めることができる。仮差押えや仮処分を命ずる手続のほか,このような異議や取消しの手続も保全訴訟に含まれる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の保全訴訟の言及

【仮処分】より

…狭義では,民事保全法に規定されている,〈係争物に関する仮処分〉(23条1項)と〈仮の地位を定める仮処分〉(23条2項)を指すが,広義では,それ以外の法律により規定されている,いわゆる特殊仮処分(特殊民事保全(処分)ともいう)をも含む。なお狭義の仮処分と仮差押え(20条以下)を総称して狭義の民事保全(処分)という。
[係争物に関する仮処分]
 A(債権者もしくは請求権者)がB(債務者もしくは請求権の相手方)に対して,金銭債権以外の債権もしくは請求権(個別給付請求権といってもよい),例えば賃貸借契約終了に基づく家屋明渡請求権を有する場合に,Bが明渡しに応じないときは,Aは強制執行によって強制的に明渡しを受けることができる。…

【保全処分】より

民事保全法の定める仮差押えおよび仮処分の総称。この意味では保全訴訟と同義。広義では,民事保全法以外の他の法令によって規定されている保全処分(これを特殊保全処分,特殊仮処分という)をも包含する意味で用いられる。…

※「保全訴訟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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