A(債権者)がB(債務者)に対して売買代金債権その他金銭債権を有する場合,Bが履行期限がきても支払わないときは,Aは強制執行によりBの財産を差し押さえ,換価し,その換価によって得た金銭の交付・配当を受けることによって債権の満足をうることができる。しかしAが強制執行をしようと思っても,まずBに対する訴訟を提起して勝訴の判決を得なければならないのが通常であるが,それにはかなりの長期間を要する。Aがたまたま執行証書を作成してあるため訴訟提起が不要な場合でも,金銭債権の履行期限が未到来であれば,ただちに強制執行をすることはできない。ところがBはこの間隙を悪用して,自己の財産を隠匿したり,乱費したり,あるいは逃亡,外国移住などすることが多い。このような行為を放任したのでは,Aがようやく強制執行をなしうる条件を整えたときは,時すでに遅く,Bの財産はほとんど散逸してしまい,強制執行をするすべがなくなっているであろう。仮差押えは,そのような事態を防止するため,後に強制執行が可能になるまでのつなぎの処置として,債務者にその財産の処分を禁止し,その財産の原状を維持するための制度である。
仮差押えを求める債権者は,まず裁判所に対し仮差押命令という裁判を求め,仮差押命令が得られればただちにその執行を申し立てる。通常の訴訟とは異なり,仮差押命令の裁判は一両日中に発せられ,その執行もきわめて迅速に行われる。なお仮差押えと類似した制度として,係争物に関する仮処分がある。両者とも,後に強制執行が可能になるまでのつなぎの処置を講ずる点では変わらないが,前者が金銭債権の将来の強制執行を保全するものであるのに対し,後者は金銭債権以外の特定物給付債権(物の給付請求権,作為・不作為債権等)の将来の強制執行を保全するものである点で異なる。また仮差押えと差押えとは,債務者に財産の処分を禁止する効果を生ずる点で同一であるが,後者は強制執行手続の一環として,換価,配当等への進展を当然予定しているのに対して,前者は換価,配当等へ進展することはない。
仮差押命令の申立てが許容されるためには,債権者は金銭債権の存在と仮差押えを必要とする事由の存在を疎明しなければならない(民事保全法13条,20条)。仮差押えを必要とする事由とは,財産の隠匿・乱費,逃亡,外国移住,たび重なる転居その他,将来において強制執行が不能または困難となるあらゆる事情がこれにあたる。ただし裁判所は,仮差押命令を発するときは,仮差押えによって債務者に生ずるかもしれない損害のための担保を立てるよう,債権者に命ずることができる(14条)。法規上は〈担保を立てさせて,……又は担保を立てさせないで〉仮差押命令を発することができる,と規定されているが,仮差押命令が発令されるときはつねに担保を立てさせているのが,日本の裁判実務の取扱いである。担保の額は必ずしも一律ではないが,当該金銭債権または仮差押目的物の価額の2割程度のものが最も多い。仮差押命令は迅速に発令する必要があるので,裁判所は,口頭弁論を開かないで(3条),また債務者の審尋(陳述する機会を与えること)すらしないで裁判するのが普通である。
仮差押命令に対しては,債務者は異議の申立てができる(26条)。のみならず,債権者が起訴命令を遵守しなかったとき(37条)や,仮差押えを必要とする事由がなくなるなど事情が変更があるとき(38条)は,債務者は仮差押命令の取消を申し立てることができる。起訴命令とは,仮差押命令が本案訴訟(金銭債権について強制執行の債務名義を得るための訴訟手続等のことである。例えば,判決手続,督促手続,仲裁手続等)の係属前に発せられた場合に,仮差押命令を発した裁判所が債務者の申立てにより,期間を定めて債権者に対し,本案訴訟の提起を命ずる裁判である。
仮差押えが,債務者財産の処分禁止という本来の目的を達するためには,ほとんどつねに仮差押命令の執行(仮差押執行)が必要である。仮差押執行には,特段の定めがない限り,強制執行の規定が準用される(46条,47条5項,48条3項,49条4項,50条5項)。特段の定め(43条以下)は,仮差押執行が特に簡易迅速に行われなければならないことと,仮差押えが債務者財産の差押え段階にとどまり,換価,配当等まではゆかないことに由来するといってよい。
→仮処分 →強制執行 →差押え
執筆者:松浦 馨
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
金銭債権に関して、債務者が逃亡したり、あるいは財産を隠匿・処分したりすることによって、将来の執行が不可能あるいは困難になるおそれのある場合に、かりに債務者に対しその責任財産の処分権を制限しておくこと。これは債権者が強制執行をするには、債務名義の取得、執行文の付与、期限の到来などを必要とする結果、ただちに執行できず、それまで放置しておくと債務者の財産の現状が変更される可能性のある場合に必要となる。
仮差押え手続は、仮差押え命令を出すか否かを決定する仮差押え裁判手続と、仮差押え命令に基づき執行する仮差押え執行手続とに分かれる。仮差押え裁判手続は、裁判所に対する債権者の書面による申立てにより始まる。その際、被保全権利(債権者の債務者に対する金銭債権)と仮差押えを必要とする理由(債務者による濫費、廉売、贈与、隠匿などによる財産の減少など仮差押えをしておかなければならない理由となる事実)を表示しなければならない。債権者はこれらの要件の存在を疎明(そめい)(いちおうの証明)しなければならない。なお、疎明にかえて保証金の供託、宣誓をもってすることは許されない。裁判所は前記の要件の存在を認めると仮差押え命令を出す。これは命令とはいっても、裁判の性質としては、口頭弁論を開いても、開かなくても、決定である。
仮差押え命令に基づいて民事執行法の規定により執行(差押え)が行われる。ただし、仮差押え執行は原則として差押えの段階にとどまり、換価には至らない。仮差押えの執行は、債権者に対して仮差押え命令が送達された日から2週間以内にしないと以後はできなくなり、また執行停止命令の制度もある。さらに、本案の起訴命令不遵守、事情変更により仮差押え命令が取り消されることもある。
なお、仮差押え手続は仮処分手続とともに、民事保全法(平成1年法律第91号)が施行(1991年1月1日)されるまでは民事訴訟法(裁判手続)と民事執行法(執行手続)に分かれて規定されていたが、民事保全法施行後は民事保全として統合された。
[本間義信]
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※「仮差押え」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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