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保馬法 ほばほうBao-ma-fa; Pao-ma-fa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

保馬法
ほばほう
Bao-ma-fa; Pao-ma-fa

中国,宋代の煕寧5 (1072) 年王安石の行なった新法の一つ。王安石は保甲法を実施するとともに,騎馬戦に長じる契丹軍などに対抗するためには良馬の養成が必要であることから,義勇保甲のなかで養馬を願う者に資産の多寡に応じて官馬1~2頭を給するか,あるいは飼料の費用を与えるかして,賞罰規定を設け,良馬の確保に努め,その代償として賦役などを免除した。初め戸馬法,養馬法と呼ばれていたが,元豊7 (84) 年保馬法と改められた。

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大辞林 第三版の解説

ほばほう【保馬法】

中国、宋の王安石の新法の一。民兵養成をめざす保甲法の実施に並行して、民間に官費で馬を飼育させ、軍馬の供給源とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

保馬法
ほばほう

中国、北宋(ほくそう)の政治家、王安石(1021―86)の新法の一つ。北宋騎兵の軍馬は、甘粛(かんしゅく)や四川(しせん)でウイグル人、チベット人から購入した良馬を、官営牧場で増殖する方法により供給されていた。王安石は、その飼育を民間で行わせて経費節減を図る一方、牧場の多くを農地に転換し、農民に耕作させて小作料を確保しようとした。軍馬の飼育には対価を与え、保甲(ほこう)を対象に飼育させたので、保甲養馬法ともよばれる。首都開封のほか華北各地で実施されたが、各戸の資産を基準に飼育を割り当てた例もあり、保甲組織の活用はかならずしも徹底していない。小作料増収と飼育経費節減の面では成果をあげたが、軍馬の供給を安定させ北宋騎兵隊を強化するという目的は果たせなかった。[島居一康]

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世界大百科事典内の保馬法の言及

【保甲法】より

…さらに首都圏と遼・西夏に接する陝西・山西・河北とでは,保甲単位で成丁に本格的な軍事訓練を施して従来の傭兵に代え,軍事費を削減しようとした。また,保に馬の飼育を課した地方もあった(保馬法)。しかし旧法党が政権を握って以後,保甲法は軍事・警察的性格をしだいに失い,むしろ宋朝の郷村支配の制度に変質していった。…

※「保馬法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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