日本大百科全書(ニッポニカ) 「信越化学工業」の意味・わかりやすい解説
信越化学工業(株)
しんえつかがくこうぎょう
大手化学会社。1926年(大正15)信濃(しなの)電気と日本窒素肥料(現チッソ)の共同出資で、信越窒素肥料として発足、翌年から直江津(なおえつ)工場でカーバイドと石灰窒素の製造を開始したが、不振が続いた。その後、小坂順造(1881―1960)が経営再建に着手、新規事業として金属マンガンなどの生産を開始し、1940年(昭和15)に信越化学工業と社名を変更した。第二次世界大戦後は新規事業の研究を進め、1953年にアメリカのゼネラル・エレクトリック社から特許実施権を得て、シリコンの生産を開始、57年に量産工場が完成した。同年に直江津工場で塩化ビニル生産を開始、60年に半導体シリコン、62年にメチルセルロースなど相次いで新規事業に参入した。また、太平洋岸コンビナートにも進出、塩ビ生産の主力となる鹿島(かしま)工場が1970年に操業を開始した。1960年ポルトガルに合弁企業シレス社を設立以来、海外展開を進め、73年にはアメリカのロビンテック社と合弁でシンテック社を設立、同社工場は世界最大の塩ビ工場に成長していった。塩化ビニル、半導体シリコン、シリコン、合成石英などの製品でトップシェアとなっている。資本金1194億円(2008)、売上高7085億円(2008)。
[中村青志]
『信越化学工業株式会社社史編纂室編『信越化学工業社史』(1992・信越化学工業)』