9~13世紀に施行された天皇1代1度の宮廷儀式。即位礼および大嘗祭(だいじようさい)の翌年,摂津国難波津に勅使を派遣し行われる。海辺の祭場に生島(いくしま)・足島(たるしま)の神と住吉の神をまつって,天皇の乳母の典侍(ないしのすけ)が天皇の御衣を収めた箱をゆり動かし,生島の巫(かんなぎ)が祝詞をとなえた。当時難波津には大小さまざまの島が散在しており,八十島祭の名もそれにもとづく。おそらく祭りは島々を天皇の版図としての大八島(おおやしま)に見立て,その霊を御衣に付着させて天皇の身体を活性化し,同時に国土の生成を願ったものであろう。やはり1代1度の大嘗祭と密接に関連しつつ,この祭りによって大八島の主としての資格が完成するとされたらしい。なお八十島祭の記録は文徳天皇代の850年(嘉祥3)からはじまるが,その原型を奈良朝以前に考え,記紀の国生み神話等への投影をみる説も行われている。
執筆者:阪下 圭八
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…かかる初代王の誕生に神功皇后は欠かせない存在であった。
[儀礼的背景,巫女像の投影]
新羅出兵の物語は,どの程度にせよ大嘗祭の一環である八十島祭(やそしままつり)の投射をうけており,このことが神功皇后の造型と関係する。八十島祭とは,新天皇即位の翌年,難波津の浜で女官らが天皇の御魂代(みたましろ)なる衣服に,統治すべき島々の霊を付着させて健やかな成長を願う哺育の儀礼であり,祭神には住吉大神も含まれていた。…
※「八十島祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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