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八橋流 やつはしりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

八橋流
やつはしりゅう

箏曲の流儀名。 (1) 八橋検校または北島検校までの伝承を後代から区別していう。古八橋流ともいう。 (2) 八橋から城追座頭,豊都座頭を経て佳川検校へと伝えられ,大坂で広がったものをいう。新八橋流ともいう。佳川の門下に亀崎,亀島検校,粂園勾当がおり,亀崎からは菊島勾当,真芝,野村,玉崎,また亀島からは松本,小野村,生島,岩島と伝えられている。亀崎は天保 10 (1839) 年から,小野村は同 13年からそれぞれ職検校をつとめていたので,京都にも伝承された可能性はある。佳川の伝によって亀崎,亀島らの校訂したものに『琴の組 (八橋流琴曲) 証歌集』 (1777) がある。文化2 (1805) 年以来刊行の『歌曲時習考 (さらえこう) 』付載の組歌目録では他流が曲名だけなのに対し,八橋流 (藤永2世校訂?) は歌詞も収録している。また大坂で刊行されている組歌本のほとんどは八橋流のみといえる。現在,この組歌のうち他流にない曲では秘曲『八重垣』『飛梅』が伝えられている。 (3) 八橋ののち 12代の岩崎検校から上宅,八幡,信州松代の有一座頭,千勢女,喜尾女,伊予女,由婦女を経て,1909年真田 (さなだ) しんに伝えられた伝承をいう。

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世界大百科事典 第2版の解説

やつはしりゅう【八橋流】

箏曲・地歌の流派名。生田流継山流などの流派が成立した時点で,八橋検校時代のものを〈八橋流〉または〈古八橋流〉という。それとは別に,大坂において八橋門下の城追座頭以降の伝承を,とくに〈新八橋流〉または〈八橋流〉ともいう。また各地で,八橋検校以来の古伝を守っていることや,筑紫(筑紫流)とは異なることを主張する場合などに,八橋流と称し,沖縄流伝の箏曲でも,そうした呼称を用いることもある。松代の真田藩に伝承された箏曲も八橋流を称するが,その伝承の系譜に明らかでないところがある。

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大辞林 第三版の解説

やつはしりゅう【八橋流】

箏曲の流派の一。俗箏ぞくそうの最初の流派。一七世紀中葉に、八橋検校けんぎようが筑紫箏つくしごとを改編して創始。一七世紀末以降、生田流はじめ多くの分派が生じ、それらの隆盛の中で、八橋流の称は次第に衰退した。末流の一部が信州松代の真田家に伝存する。

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世界大百科事典内の八橋流の言及

【箏曲】より

…京都では,八橋門下の北島検校から伝承を受けた生田検校以降の伝承を中心として,これを生田流と称したが,大坂では,生田流以外に,継山(つぐやま)検校以降の伝承による継山流もあって,現在にまでその伝承は続いている。ほかに,かつては新八橋流と称する派もあり,また,生田流でも,市浦検校以降の系統を新生田流と称することもあった。京都でも,安村検校(?‐1779)の伝承による安村流や,藤池検校の伝承による藤池流などが一時存在した。…

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