八田知紀(読み)はった とものり

美術人名辞典の解説

八田知紀

幕末・維新の鹿児島藩士・歌人。幼名彦太郎、通称は喜左衛門、号は桃岡。京都藩邸勤務となり、歌を香川景樹に学ぶ。島津貞姫入輿に従って近衛家に仕え、維新後は宮内省に出仕して歌道御用掛に任命された。『しのぶ草』等の家集がある。明治6年(1873)歿、75才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

八田知紀 はった-とものり

1799-1873 江戸後期-明治時代の歌人。
寛政11年9月15日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。京都詰めの間に香川景樹(かげき)にまなび,桂園(けいえん)派の有力者となる。維新後,宮内省にはいり,歌道御用掛をつとめた。明治6年9月2日死去。75歳。通称は喜左衛門。号は桃岡(とうこう)。家集に「志能布久佐(しのぶぐさ)」,歌論に「しらべの直路(ただじ)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

八田知紀

没年:明治6.9.2(1873)
生年:寛政11.9.15(1799.10.13)
江戸末期の歌人。幼名彦太郎。通称喜左衛門。号桃岡。薩摩国(鹿児島県)鹿児島郡西田村に生まれる。父知直は薩摩藩士。文政8(1825)年に京都蔵役人として上京,翌年には香川景樹に会う。文政13年には正式に入門し,やがて桂園の有力者と認められるに至る。京と薩摩を往復する多忙のなか,幕末の動乱に身を投じつつ和歌の詠作や著述に励み,維新後は新政府に出仕して歌道御用掛などを勤め,御歌所の高崎正風らが活躍の場を築くうえで先駆的な役割を果たした。家集『しのぶ草』。歌論『しらべの直路』など。<参考文献>福島タマ「八田知紀」(『近代文学研究叢書』1巻)

(久保田啓一)

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世界大百科事典 第2版の解説

はったとものり【八田知紀】

1799‐1873(寛政11‐明治6)
江戸末期の歌人。鹿児島の人で,薩摩藩に仕え,京都藩邸詰めとなって上洛,1830年(天保1)に香川景樹に入門した。その後,近衛家に仕え,維新後は東京に出,宮内省に奉職し,歌道御用掛をつとめた。高崎正風,黒田清綱税所(さいしよ)敦子らはその門下である。古今調の短歌をつくり,家集に《志能布久佐(しのぶぐさ)》がある。《調(しらべ)の説》《調の直路(ただじ)》に代表される歌論にもすぐれ,師景樹の説を継承,発展させた。

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大辞林 第三版の解説

はったとものり【八田知紀】

1799~1873) 江戸末期の歌人。薩摩藩士。香川景樹に師事。維新後、宮内省歌道御用掛。歌論書「調の直路」、家集「しのぶ草」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

八田知紀
はったとものり

[生]寛政11(1799).9.15. 薩摩,鹿児島
[没]1873.9.2. 東京
江戸時代後期~明治の国学者,歌人。幼名,彦太郎。のちに喜左衛門。号,桃岡 (とうこう) 。薩摩藩士。文政8 (1825) 年藩の京都御役となり上洛,香川景樹に会い,天保1 (30) 年景樹に入門。熊谷直好とともに桂園派の二高弟と称された。慶応1 (65) 年御広敷御用人に転じ近衛家裏方夏姫に仕え,明治5 (72) 年宮内省歌道御用掛。門人に原田豊秋,渋谷国安,高崎正風らがいる。主著,家集『志能布久佐 (しのぶぐさ) 』 (47) ,歌論『調 (しらべ) の説』 (37) ,『古今和歌集正義総論補註論』 (45) のほか『桃岡雑記』 (45) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

八田知紀
はったとものり
(1799―1873)

幕末から明治の歌人。薩摩(さつま)藩士。通称は喜左衛門、号は桃岡(とうこう)。上京して香川景樹(かげき)(桂園(けいえん))に和歌を学び、桂園派歌人としては、大先輩の熊谷直好(くまがいなおよし)との、景樹の『古今和歌集正義』序の解釈をめぐる論争で注目を浴びた。明治維新後は宮内省に歌道御用掛(ごようがかり)として出仕した。薩摩藩出身であることと、門下に同藩の高崎正風(まさかぜ)、黒田清綱、税所敦子(さいしょあつこ)を擁したこともあって、宮中御歌所(おうたどころ)に桂園派の歌風を築いた。景樹の「調(しらべ)の説」を受けた歌論書に『千代の古道』『調の直路(ただじ)』などがあり、家集に『しのぶ草』『都島(みやこじま)集』などがある。桂門十哲の1人に数えられている。明治6年9月2日没、75歳。[兼清正徳]
 大比叡(おおひえ)の峰に夕ゐる白雲のさびしき秋になりにけるかな
『福島タマ著『八田知紀』(『近代文学研究叢書1』所収・1956・光葉会)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

はった‐とものり【八田知紀】

歌人。薩摩藩士。香川景樹の門下。維新後、宮内省歌道御用掛として仕え、宮中御歌所派の始祖といわれる。高崎正風はその門下。著「千代の古道」「しのぶ草」「八田知紀歌集」など。寛政一一~明治六年(一七九九‐一八七三

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