江戸初期には,円あるいは弓形についての求長,求積の方法を円理と称した。江戸中期にはマクローリン級数に相当する無限級数を円理と呼ぶようになる。幕末になると曲線,曲面に関する計算,あるいは重心を求める問題,さらにそれらを計算するときに必要な定積分表や微分法までもが円理と呼ばれるようになった。円理という用語を初めて用いたのは沢口一之で,その著《古今算法記》(1671)の中で,〈方理はえやすく,円理は明らかにしがたし〉といって,円理という用語を示している。すなわち,線分で囲まれた図形についての求長,求積はそれほどむずかしくはないが,円や円弧で囲まれた図形の求積はむずかしいというのである。当時使われた円周率は3.16や3.162などで,一部の数学者が3.14あるいは3.142を使い始めたころである。弓形の弧長sを求めるのに,弦の長さa,高さhを使って,s2=a2+6h2という近似公式が一般に使われていた。1660年代は,遺題継承による数学の研究が盛んで,円周率の値もしだいに3.14が使われるようになったが,弧長を求める公式や,弓形の面積を求める公式はいろいろな近似公式があったが正しい公式は不明であった。18世紀になると,関孝和の弟子建部賢弘は,(arcsin x)2のマクローリン級数に相当する公式を見つけ,これを《綴術算経》(1722)の中で示した。同じころ建部は,指数1/2の二項級数を見つけ,これを利用して,二重数列の極限として,(arcsin x)2のマクローリン級数の各項の係数を決定した。建部はこの方法を《円理綴術》あるいは《円理弧背術》という書に記した。建部が示した(arcsin x)2の無限級数展開は整理しなおされて,《円理乾坤之巻》(著者不明)にまとめられた。これ以後,無限級数展開を円理,あるいは綴術というようになった。松永良弼は,三角関数,逆三角関数の無限級数を《方円算経》(1739)の中で示した。これらの級数も円理と呼ばれる。安島直円は,ある円柱と別な円柱との相貫体の相貫部の体積を求めるのに,二重積分を利用した。この二重積分を〈円理二次綴術〉と呼んでいる。幕末になると,ある図形の周上に円の中心があって,この円が回転しながら進むときの円周上の1点の軌跡が研究されるようになった。このようなルーレットの問題や種々のサイクロイドの弧長やその曲線で囲まれた図形の面積の求積が盛んに研究され,これも円理と呼ばれた。また,これらの求長や求積の計算を簡便に行うために,多数の定積分表が和田寧により完成した。これらの積分表を円理豁術あるいは円理表という。内田五観は和田寧から円理表を教わり,これらを整理しなおして,《円理闡微表》にまとめ,弟子に配布した。内田によって円理表は広く行き渡った。
執筆者:下平 和夫
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和算において、円や弧について、直径、弦、高さなどの間に成り立つ関係をいう。円理は、沢口一之(さわぐちかずゆき)著の『古今算法記』(1671)の序文にあるのが初見で、多角形について成り立つ公式を求めるのはやさしいが、円理を知るのは困難だとある。円理の問題として有名なのは『塵劫記(じんごうき)』の遺題第10問で、与えられた円から、ある面積の弓形を切り取れという問題である。当時、円周率は3.16が使われていたが、数学者の努力により、17世紀後半には、円周率、円積率、玉率が正確に求められるようになった。18世紀の初め建部賢弘(たけべかたひろ)は(sin-1x)2のマクローリン展開に相当する公式をその著『円理弧背術(こはいじゅつ)』で示した。その後、松永良弼(よしすけ)と久留島義太(くるしまよしひろ)により、逆三角関数や三角関数の無限級数展開の公式がつくられ、これらも円理とよばれる。円周率も有効数字50桁(けた)以上求められた。安島直円(あじまなおのぶ)は、円柱と円柱の相貫部の体積を二重積分で求めた。安島の孫弟子の和田寧(やすし)は数多くの定積分表を完成し、多重積分や微分についても業績を残した。これらの定積分表や微分も円理表あるいは円理とよばれる。幕末になると、懸垂線(カテナリー)やサイクロイドなど種々の曲線や、それらの曲線によって囲まれた図形、その図形の回転体が研究され、曲線の長さ、面積、体積、あるいは表面積、平面図形や立体図形の重心を求める問題が提出された。これらの問題を解くのに、和田寧の円理表が利用されるとともに、このような問題も円理とよばれた。
[下平和夫]
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