シューベルトが1827年に作曲した24曲からなる連作歌曲集(作品89)。『美しい水車屋の娘』『白鳥の歌』と並ぶ彼の三大歌曲集の一つであるとともに、ドイツ歌曲に新しい面を開いた傑作として名高い。『美しい水車屋の娘』と同じくミュラーの詩に作曲されたこの歌曲集は、恋に破れた若者が旅する心象風景を主題とし、明確な筋立てはないが、現実と虚構の間を彷徨(ほうこう)する若者の心理が、一こまずつ現れては消えるかのように描かれている。全体が暗く、絶望的な雰囲気に覆われているところから、病気・貧窮・人間関係の不和など、死の前年の作曲者を取り巻いていたさまざまな苦しみがこの作品に反映しているとみることもできよう。音楽的には、柔軟自在な旋律とピアノ伴奏の著しい充実ぶりが特徴としてあげられる。とりわけ複雑な心理描写を可能にした伴奏部に対する評価は高く、ドイツ・ロマン派の歌曲における伴奏書法に多大な影響を及ぼした。
全24曲のなかには第九曲「鬼火」Irrlichtのように劇的で変化に富んだ作品も含まれているが、多くの曲は諦念(ていねん)に支配された歌詞に従い、寂寞(じゃくまく)とした美しさを音楽で表現している。第15曲「からす」Die Kräheや第20曲「道しるべ」Der Wegweiserなどは、その代表的な例といえよう。また、故郷の町へのあこがれを素朴に歌った第五曲「菩提樹(ぼだいじゅ)」Der Lindenbaumはとくに有名で、合唱用にも編曲され世界中で親しまれている。
[三宅幸夫]
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