印刷するときに用いる版の一種で,彫りくぼめたところにインキをつめて印刷する方式のものをいう。平らな銅などの金属面に手彫りなどによって彫りくぼめる方法と,写真を利用して彫りくぼめる方法(いわゆる写真製版の利用)とに大別される。前者はさらに彫り方によって,ドライポイント,メゾチントなど直接金属面を彫る彫刻凹版(直刻凹版ともいう)と,版材に薬品を作用させ腐食によって彫りくぼめるエッチング,アクアチントなどの食刻凹版に分けられるが,実際には,これらの手法を混用することも多い。後者の写真製版によるものは,いわゆるグラビアである。
15世紀の中ごろ,イタリアのM.フィニグエラが,金属面の刻線に土の粉をつめて溶かした硫黄を流しこむとオリーブ色を生じ,その上に湿した紙をのせローラーを転がせばその色が紙に移ることを発見したのが彫刻凹版を発明する動機となった。彫刻凹版は,紙幣,郵便切手,証券など実用的なものと,芸術的な作品の創作に利用するものとに分けることができる。この方法は,紙幣をとって拡大鏡で見ればわかるように,画線の太さ,線と線の間隔,線から点への変化に加え,画線そのものの深さの変化もあるので,凸版や平版のように画線の面積だけ(つまり網点の面積)で印刷物の濃淡を表現するものに比べて,はるかに豊富で力強い調子を表すことができる。したがって,精巧で複雑な図形や模様も可能で,その製版は模倣しにくく,さらに印刷物はインキが盛り上がっているので,他の印刷によって偽造した場合の判別が容易である。その反面,製版方法は困難で,また印刷機械は手動式は別として特殊で高価であり,一般にひろく利用されるということはない。国立印刷局に設置されている凹版印刷機は多色刷りができ,しかも一つの版面に多色インキを盛ることのできる特殊のものである。この方法はザンメル印刷といい,たとえば細い1本の線の色が部分部分でしだいに変化していくという微妙な表現ができ,偽造防止の効果は非常に大きい。
食刻凹版の代表的なものであるエッチングでは,版材は一般に銅板を用い,耐酸性の蠟を薄く塗布し,彫刻しようとする版模様を針で描いて銅面を露出させたのち,腐食液を作用させて凹刻を得る。この版から印刷をするには,この版面を温めておき,インキボールでインキを凹線の底までつめてから,ぬぐい布でふいて余分のインキを除き,紙をのせて印刷する。
一方グラビアは,同じ凹版であっても他の凹版とは印刷インキや印刷方式,印刷機もかなり異なる。他の凹版では,粘度の高い比較的かたいインキを用いるので,版の全面にインキを押しこむように塗布してから表面のインキを布や紙あるいはローラーでふきとらねばならず,また画線につまったインキを紙に移すには,強い圧力を加えてひき出さねばならない。さらに,紙は版面によくなじむようにしなやかにするため,印刷前に湿す必要もある。これに対してグラビアの場合は,粘度の低い液状のインキを用いるので,版をインキに浸しただけでも画線にインキがつまり,表面のインキは薄いナイフ状のドクターと呼ばれる装置でかき落とせばよく,高速印刷ができる。
彫刻凹版や食刻凹版は前述のように主として個人の芸術家が利用するほかは,彫刻凹版が紙幣,郵便切手,有価証券の印刷など限られた分野でしか用いられないので,印刷局のほかにごく少数の印刷所がこの設備を保有する。これは外国でも同じ事情である。グラビアは,週刊誌の口絵ページやグラフ雑誌の印刷に用いられるほか,オフセット印刷に比べれば数は少ないが紙以外のものへの印刷にも利用されている。
→印刷 →グラビア印刷
執筆者:山本 隆太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…したがって,製版が最も重要な役割を占め,版式のちがいによって使用する印刷機も異なる。基本的には凸版,平版,凹版,孔版の4種の版式があり,表にその特色を示す(図1)。 インキのつく部分を残して他の部分は彫りくぼめる形の版を凸版という。…
…
[原版からみた版画]
一般に版画は原版の形式,材質によって分類されている。凸版,凹版,平版,孔版および写真の光化学的な版形式があり,材質によって木板,金属,石板,リノリウム,絹,紙など,やはり無限に多様な材質が原版として用いられる可能性がある。ここでは一般的な主要な原版の形式について述べることにする。…
※「凹版」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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