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出口王仁三郎 でぐちわにさぶろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

出口王仁三郎
でぐちわにさぶろう

[生]明治4(1871).7.12. 京都
[没]1948.1.19. 京都
大本教の教団確立者。正しくは,おにさぶろう。本名は上田喜三郎。稲荷行者であったが,大本教開祖出口なおの女婿となり,教団と教理の確立に努め,なおの死後みずから教主となった。 1921年不敬罪として弾圧され,出獄後昭和神聖会を確立し国家改造運動を興し,35年再び検挙された。

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デジタル大辞泉の解説

でぐち‐おにさぶろう〔‐オニサブラウ〕【出口王仁三郎】

[1871~1948]宗教家。大本(おおもと)教の確立者。京都の生まれ。名は「わにさぶろう」とも。本名、上田喜三郎。教祖出口ナオの女婿。昭和10年(1935)不敬罪などで投獄され、大本教は結社禁止となったが、第二次大戦後再建。著「霊界物語」など多数。

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百科事典マイペディアの解説

出口王仁三郎【でぐちおにさぶろう】

名前は〈わにさぶろう〉とも通称。大本(おおもと)教の教主。京都府亀岡在に生まれ,諸種の職業を転々とした後,1908年大本教の創始者出口なお〔1836-1918〕の娘澄子の婿となり,なおと協力して教義の整備と教線の発展に努めた。
→関連項目出口なお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

出口王仁三郎 でぐち-わにさぶろう

でぐち-おにさぶろう

出口王仁三郎 でぐち-おにさぶろう

1871-1948 明治-昭和時代の宗教家。
明治4年7月12日生まれ。32年出口なおを開祖とする大本(おおもと)に入信。翌年なおの5女すみ子と結婚。教義を体系化し,教団を発展にみちびく。不敬罪などで2度検挙されたが,海外進出もはかるなど新興宗教経営の基礎をつくった。昭和23年1月19日死去。78歳。京都出身。旧姓は上田。初名は喜三郎。名は「わにさぶろう」ともよむ。著作に「霊界物語」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

出口王仁三郎

没年:昭和23.1.19(1948)
生年:明治4.7.12(1871.8.27)
明治から昭和におよぶ宗教家,大本教の聖師。京都府南桑田郡曾我部村大字穴太(亀岡市)に,上田吉松とよねの長男として生まれ,喜三郎といった。進取の気質に富み,宗教家を志し,明治31(1898)年,静岡県清水市の稲荷講社本部の長沢雄楯から霊学と鎮魂帰神法という霊術を学ぶ。大本の開祖となる出口なおと出会い,なおの激しい現状批判と切迫した変革を説く「お筆先」に打たれ,同32年,なおとともに金明霊学会を組織した。なおの後継者となる5女すみとの結婚後,出口家に入り,王仁三郎と改める。大正5(1916)年,皇道大本と改称し,機関紙『神霊界』を発刊して,なおの終末観的な予言を整備して発表するとともに,霊術を活用して,第1次世界大戦前後の社会不安を背景に広範な社会層の信者を獲得した。なおは変性男子,王仁三郎は変性女子とし,両者の共同によって「立て替え立て直し」が行われ,「みろくの世」が実現されるとした。エスペラント運動への参加など国際主義的な平和思想国家主義的な神道思想が同居し,不敬罪・治安維持法違反などの容疑で,大正10年と昭和10(1935)年の2度の徹底した弾圧を受ける。2度目の弾圧では6年余にわたって投獄されて,教団は解体したが,戦後,愛善苑として再出発した。戦中より始めた楽焼きではすぐれた作品を多く残している。<著作>『霊界物語』『出口王仁三郎著作集』<参考文献>『大本七十年史』

(川村邦光)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

でぐちおにさぶろう【出口王仁三郎】

1871‐1948(明治4‐昭和23)
宗教家。大本教を発展に導いた教義の体系者であり教団の組織者。京都府亀岡市穴太の小作農の長男に生まれた。旧名上田喜三郎。12歳で村の小学校の代用教員をつとめ,小作仕事,牧夫,車引き,牛乳販売などを経験。1898年けんかで負傷したことがきっかけで,村はずれの山にこもり,修行の体験をした。神秘体験を重ねて病気治しの布教活動をはじめ,稲荷講社で霊学や神がかりの行法を学んだ。同年出口なおと出会い,翌99年なおを教主とする大本教へ入り,宗教組織金明霊学会をつくり,会長となった。

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大辞林 第三版の解説

でぐちおにさぶろう【出口王仁三郎】

1871~1948) 〔名は「わにさぶろう」とも〕 宗教家。本名、上田喜三郎。出口ナオの女婿となり、ナオを教祖として大本教を組織。弾圧を受け、不敬罪などで投獄されたが第二次大戦後無罪となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

出口王仁三郎
でぐちおにさぶろう
(1871―1948)

宗教家。大本(おおもと)教聖師。前名上田喜三郎(きさぶろう)。京都府南桑田(みなみくわだ)郡穴太(あなお)村(現亀岡(かめおか)市)の貧農に生まれる。1898年(明治31)争い事で負傷したのを機に近郊の霊山高熊山に籠(こも)って修行したのち、霊力による病気治しを始め、静岡県清水(しみず)の稲荷(いなり)講社で霊学と行法を学んで、村に皇道霊学(こうどうれいがく)会をつくった。1900年(明治33)京都府綾部(あやべ)に移り、大本教の出口ナオの五女すみと結婚して出口家に入ったが、ナオはじめ従来の幹部と衝突し、京都で神職、御嶽(おんたけ)教役員などを務めた。08年、衰えていた大本教の教勢を再建するため綾部に戻って大日本修斎会をつくり、14年(大正3)皇道大本と改称し、第一次世界大戦中から戦後に全国的に教勢を伸ばした。21年、不敬罪・新聞紙法違反で第一次弾圧を受けて検挙されたが、これを機に教典『霊界物語』の述作を開始し、霊主体従、万教同根を説いて、ナオの復古的・農本的な世の立て替え立て直しの教義を観念化した。24年保釈中ひそかに内モンゴルに赴き、翌年、平和と国際親善を唱えて人類愛善会を設立した。昭和初期、恐慌からファシズム台頭の時期に農村の救済と政治革新を主張し、34年(昭和9)昭和神聖会を結成して政治運動に乗り出した。翌年、不敬罪・治安維持法違反で第二次弾圧を受け、6年余の獄中生活を送った。第二次世界大戦後、1946年(昭和21)愛善苑(えん)として教団を再建し苑主となった。桁(けた)はずれの言動で逸話に富み、和歌・書画・陶芸などの多くの作品を残した。著作は『出口王仁三郎著作集』に収められている。[村上重良]
『『出口王仁三郎著作集』全5巻(1972~73・読売新聞社) ▽村上重良著『評伝 出口王仁三郎』(1978・三省堂)』

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世界大百科事典内の出口王仁三郎の言及

【大本教】より

…そのうえ神の言葉を理論化する能力をもつ王仁三郎はなおの信頼を得,1900年にはなおの後継者五女すみと結婚。これ以後大本教は出口王仁三郎によって教義の体系化,組織化が進められ,聖師とよばれた彼の指導力が発揮されることになる。王仁三郎は戦争によってさらに富を増大していく資本家・地主といった人々に激しい憤りを燃やし,日本人の大多数を占める庶民を不幸に追いやる戦争を強く否定しつづけた。…

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