日本大百科全書(ニッポニカ) 「刷り込み」の意味・わかりやすい解説
刷り込み
すりこみ
動物が生まれてから早い時期にみられる学習の一形式をいい、インプリンティング、刻印づけともいう。動物行動学(エソロジーethology)では、「この学習は急速に形成され、しかもたいへん安定的である。また、強化を必要とせず、種のいろいろな特徴が種のパターンとして認識され、その特徴はのちに解発因(リリーサー)にもなる」と定義している。
ガンやカモなど離巣性(早熟性)の鳥類は、孵化(ふか)した直後に初めて出会った動く物体に追従する。このような現象を「刷り込み」とよんでいる。通常、自然環境下では、孵化したばかりの雛(ひな)にとって刷り込みの対象となるのは母親であり、正常な刷り込みによって正しい親子のきずなができ、親の保護や世話を受け、自らの生存を守ることになる。イギリスの動物学者スパルディングD. A. Spalding(1840?―1875)が初めてこの行動を実験的に研究し、ドイツの動物学者ハインロートO. Heinroth(1897―1945)は、孵卵器でかえったハイイロガンの雛が人間に追従し、仲間のガンとはいっしょに生活できなくなることを発見した。彼の弟子であるオーストリアの動物学者ローレンツは、初めてこの行動を刷り込みPrägungと名づけ、詳しい研究を発表した。ローレンツは、刷り込みが通常の学習と次の点で区別できると考えた。(1)臨界期critical periodが存在し、生活史の特定の時期(おもに初期)にだけ成立する。(2)無報酬性で、賞とか罰を必要としない。(3)不可逆性で、消去や転移が困難である。(4)行動後続発現性で、生涯保持され、生得的なサイン刺激と変わらない。たとえば、人間を刷り込んで成熟したガンは人間に求愛する。(5)超個体性で、個体の特徴ではなく種の特徴が刷り込まれる。人間を刷り込んだガンは、すべての人間に対して特有の行動を示す。
ローレンツは、接近と追従という本能行動を解発するサイン刺激と、生得的解発機構の結び付きによって刷り込みが生ずると考えた。その後、刷り込まれる刺激は生得的に備わっているのではなく、ある時期に習得し、経験によって変容する特殊な学習であると考える学者が現れ、刷り込みの研究が盛んになった。ヘスE. H. Hessは、カモの雛が孵化後13~16時間の敏感期に刷り込みの成立しやすいことをみいだした(1959)。今日では、刷り込みは種の生存に特別重要な行動に認められる特殊な学習で、行動(機構)は生得的であるが、解発する対象(刷り込まれる内容)は経験によって習得されるという考えに落ち着いている。
[植松辰美]
『D・A・デュースバリィ著、奥井一満訳『比較・動物行動学』(1981・共立出版)』▽『A・マニング著、堀田凱樹・千葉豊子訳『動物行動学入門』(1975・培風館)』