正本は次の二つの異なる意味で用いられる。
(1)本来の目的のほかに保管や送達などの必要から、同じ文書が複数作成されることがある。このうち、本来の目的に用いられるものを正本といい、その他の目的に用いられるものを副本とよぶ。たとえば、戸籍簿は法務局で保管される副本に対して正本は市町村役場に備えられ(戸籍法8条)、訴状は被告への送達に供される副本に対して正本は裁判所に留め置かれる(民事訴訟規則58条1項)。正本と副本は同一内容であり、同じように署名等がなされるから、ともに原本の一種である。
(2)原本の写しであるが、公証権限のある公務員(裁判所書記官、公証人など)によって作成され、法律上原本と同一の効力が認められた文書をいう。正本は、強制執行などの権利行使にあたり原本を必要とする利害関係人に対して、法律上一定の場所に保管すべきものと定められている原本にかえて与えられる。民事訴訟(行政訴訟)の判決は正本が送達され(民事訴訟法255条2項)、公正証書は強制執行や登記手続で必要となるため正本が交付される(公証人法47条)。なお、正本は通例、原本の全部について作成されるが、原本の一部の正本もある(公正証書の抄録正本。公証人法49条)。
[髙木敬一]
(1)浄瑠璃(じょうるり)の詞章の版本をいう。浄瑠璃太夫(たゆう)使用の原本を正確に写した本の意。初期のものは挿絵入りで17、18行の細字本であったので、絵入細字本、絵入浄瑠璃本ともいわれたが、1710年(宝永7)ころから太字の節付(ふしづけ)本が現れた。その種類には十行本、八行本、七行本、六行本などがあるが、太字の正本を俗に丸本(まるほん)ともいう。一曲全段を収めたものの意で、後世の一段だけの抜粋本(五行本)は普通、正本とはいわず稽古(けいこ)本と称している。義太夫節(ぎだゆうぶし)以外の浄瑠璃(一中(いっちゅう)節、河東(かとう)節、常磐津(ときわず)節、清元(きよもと)節など)で枚数の少ないものは薄物正本(薄物とも)といい、また長唄(ながうた)の詞章を版行したものは長唄正本という。
(2)前記の慣用から広がって歌舞伎(かぶき)の脚本も正本という。ほかに台本(だいほん)、台帳(だいちょう)ともいったが、現在は脚本ということが多い。昔は作者が草稿を書き上げたのち、主要な人々へ内読(ないよみ)して聞かせ、その意見に従って添削、完成稿本となってから清書したが、これを正本といったのである。
[山本二郎]
江戸時代の音曲書。浄瑠璃詞章の版本として,浄瑠璃太夫の原本を正しく写したものの意。1634年(寛永11)4月刊の《はなや》に〈天下無双薩摩太夫以正本開之〉と記すものが最も古く,以来享保(1730年ごろ)まで刊行されている。この種のものは,1ページが17~18行の細字本で数葉の挿絵が入っているので,絵入細字本,絵入浄瑠璃本ともいわれる。音曲上の節付よりも筋を読ませることが主眼であったが,延宝期(1673-81)には挿絵がなく,太字で節付の入ったものが刊行されるようになった。《今昔操(いまむかしあやつり)年代記》が〈あまつさへけいこ本八行を,四条小橋つぼやといへるに板行させ,浄るり本に謡のごとくフシ章をさしはじめしは此太夫ぞかし〉と記すのは,宇治加賀掾が1679年(延宝7)に出した《牛若千人切》を指す。1710年(宝永7)には竹本筑後掾(竹本義太夫)正本《吉野都女楠(よしののみやこおんなくすのき)》の七行本が刊行された。このほか,六行本,九行本,十行本,十一行本,十二行本,これらの行数の入りまじった本などの種類がある。版元にもよるが,延宝期以後のものとしては,8行ないし7行のものが最も信頼のおける正本である。絵入の正本でなく,太字の正本を俗に丸本(まるほん)ともいう。1段だけの抜本に対し作品全部を収めた意である。義太夫節以外の浄瑠璃の各流派(一中節,河東節,常磐津節,清元節など)のものは,半紙本2,3丁のものから20丁ぐらいの薄い本があり,これを薄物正本(単に薄物とも)と呼ぶ。また長唄の詞章の部分を版行したものも長唄の正本と呼ぶ。そのほか,〈せりふづくし〉や流行歌の版本をも正本という。歌舞伎の脚本を台本,台帳と称するが,これを正本ということもある。
執筆者:鳥越 文蔵
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…刑事訴訟においては,謄本は,原本の存在および同一性が証明されない限り,原本と同一の証拠能力は認められないが,この証明がされれば,認証の有無にかかわらず,原本と同一の証拠能力が認められる。なお判決正本,公正証書正本のように,法律の規定がある場合に権限ある者が原本に基づいて作成する謄本をとくに正本という(民事訴訟法255条2項,公証人法47条等)。正本は外部においては原本と同一の効力をもって通用する。…
…広義には幸若舞(こうわかまい)の詞章を記した冊子のすべてをいうが,狭義にはそのうち,読み物として享受されるもののみをいう。演唱するための台本は正本(しようほん)といわれ,墨譜(ぼくふ)を付したものもある。狭義の舞の本は,奈良絵本の形態のものがあり,版本として36番をセットとして刊行されたものもある。…
※「正本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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