創氏改名(読み)そうしかいめい

  • そうしかいめい〔サウシ〕

百科事典マイペディアの解説

日本が朝鮮支配に際して,朝鮮人の族制度と名前を日本式に変更しようとした政策。皇民化政策の一環として,1940年2月11日(皇紀2600年の紀元節)の朝鮮総督令で制定された。朝鮮人の男系同族の名である〈姓〉の代わりに日本の〈〉の名である〈氏〉を創設するのが創氏で,その結果新しくつくられた〈氏名〉を日本人式のものに変えることを改名という。創氏は本人が届けない場合,自動的に戸主の姓を氏として戸籍に登録されたので,事実上の強制であった。日本の敗戦とともに朝鮮ではただちに廃止された。しかし今も在日朝鮮人の〈通名〉の多くはこのときつくられた名であるため,本名を名乗る運動も興っている。
→関連項目親日文学

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世界大百科事典 第2版の解説

日本が植民地支配のため皇民化政策の一環として,朝鮮人から固有の姓を奪い日本式の名前に変えさせ,天皇家を宗家とする家父長制に組み入れようとした政策。1939年11月朝鮮民事令改正という形で創氏改名が公布され,翌年2月から施行された。創氏改名は,(1)氏の創設,(2)朝鮮人が日本式に名を改める道を開く,という二つの部分からなっていた。(1)は,従来朝鮮社会が男系血統とその血族団体を基本構成とし夫婦別姓であったのを改め,戸主を中心とする家の観念を確立するものとされ,(2)は同時にその際日本式に改名するものとされた。

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大辞林 第三版の解説

日本の植民地統治下の朝鮮で、朝鮮姓を廃して日本式の氏名に改めさせ、朝鮮人を天皇制のもとに皇民化しようとした政策。1939年(昭和14)法令制定、翌年実施、45年消滅。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

1939年11月に公布,翌年2月に施行された,朝鮮人から固有の姓を奪い,日本式の名前に変えさせた日本の植民地支配政策
皇民化政策の一環として,朝鮮人を,天皇家を宗家とする家父長制に組み込むことを狙い反発を招いた。

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世界大百科事典内の創氏改名の言及

【皇民化政策】より

…生徒は相互に監視させられ,朝鮮語を使った友人を摘発するのが日課となった。翌39年11月には,天皇家を宗家とする家父長体制に朝鮮人を組み込むために,〈創氏改名〉に関する法律を公布,40年2月から実施された。朝鮮人はついに自分の名さえ日本式に改めねばならなかった。…

【太平洋戦争】より

…これらの日常活動は,いずれも〈内鮮一体論〉に基づくものであり,国民総力朝鮮連盟の結成は,朝鮮における天皇制ファシズムの成立を意味していた。皇民化政策のなかでも日本語の使用と創氏改名は,朝鮮人に計り知れない苦痛を与えた。1938年3月公布の朝鮮教育令により朝鮮語は随意科目とされ,学校での朝鮮語の使用が事実上禁止されたばかりでなく,43年からは〈国語普及運動〉が大々的に展開された。…

※「創氏改名」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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