生産設備に対する投資需要が,生産の水準ではなく,その増分に依存するという関係を,経済学で加速度原理という。たとえば,靴100足を日産するのに製靴機1台が必要なら,日産1万足の工場では,100台の機械が設置されている。機械の耐用年数10年で,その年齢構成が均一なら,100台の1/10にあたる10台が毎年取替期にくる。靴の生産量が不変にとどまれば,製靴機に対する投資需要は補塡(ほてん)投資のための10台分だけである。この状態から靴の需要が1割増加して,日産1万1000足になると,必要機械台数は110台となり,製靴機需要は100%増しの20台となる。その次の年も靴の需要が1日当り1000足増えてはじめて,機械に対する需要は同じレベルにとどまる。しかし靴の需要が増えなければ,機械需要は10台に減少してしまう。この例からわかるように,総投資から補塡投資を差し引いた純投資は生産量の増分に比例する。適正在庫量が生産量に比例するならば,在庫投資と生産物需要増分との間にも,やはり同様の関係が成立する。
この関係に着目すれば,生産物需要増加の鈍化が投資需要の減少をもたらし,景気の停滞を生みだすことを説明することができる。これを明確な形で最初に論じたのは,アフタリオンAlbert Aftalion(1874-1934。ブルガリア生れのフランスの経済学者。貨幣心理説,為替心理説でも有名)とクラークJohn Maurice Clark(1884-1963。アメリカの経済学者)である。経済のマクロ分析においては,この関係は,経済全体の投資需要Iが国民所得の増分⊿Yに比例するとして,I=v⊿Yという形で示される。vは国民所得を1単位増加させるに必要な資本財の額で,加速度因子または資本係数と呼ばれる。この関係から明らかなように,Yの増分が増加しつづけてはじめて,投資需要は増加しつづける。Yの増加がとまれば,Iは減少する。この関係が経済全体の消費需要を説明するマクロ消費関数と結合されて,景気変動ないし景気循環を分析するモデルがつくられる。それを乗数・加速度モデルという。
しかし,この単純な形の加速度原理は,いくつかの点から批判される。第1に,機械ないしは在庫の不足が存在していても,それをどれだけの期間に補充するかにより単位期間当りの投資は変わるから,期間の長短を問わず,不足が一挙に埋められると考えることはできない。第2に,資本設備にしても,在庫にしても,生産量との間に固定的な正常関係があるわけでなく,利子率・資本財価格等を勘案して,最適量が選ばれるはずである。第3に,生産物需要が減少して過剰設備が生じても,一度設置した設備を売却ないし廃棄することは多くの場合できないから,需要減少過程では加速度原理ははたらかない。これらの諸点からみて,単純な加速度原理によって投資需要を十全に説明することはとてもできないが,投資需要が生産物需要の水準でなく,その増分によって影響されるという基本的関係は成立するといってよい。
執筆者:小泉 進
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投資がどのような要因によって支配され、どのような形で決定されるかを示す投資関数の一つ。加速度原理は、景気循環の過程において消費財産業よりも資本財産業のほうが変動的であることを説明するために、J・M・クラークにより1917年に体系化され、その後、乗数理論と組み合わせて、景気循環がなぜおこるのかを説明する分析道具として、ハロッド、サミュエルソン、ヒックスらにより理論的発展をみた。
いま前期から今期にかけての所得増加ΔYがあったとき、今期の投資Iとの関係は、I=vΔYによって示される。ここで正の定数vは加速度係数とよばれる。加速度原理の背後には、資本設備Kと所得(あるいは生産量)Yとの間に、K=vYという関係が想定されている。投資は資本設備の増加にほかならないからである。加速度係数vは資本係数K/Yである。
加速度原理に対しては、過剰設備が存在している場合には、所得の増加があっても新投資を必要としないから妥当しないという批判があった。これに対する加速度原理の修正としてはグッドウィンRichard Murphy Goodwin(1913―1996)による非線形加速度係数が有名である。景気循環の過程において、加速度係数の値が大きくなったり小さくなったりするであろうという非線形加速度係数の考え方を取り入れると、加速度原理はI=f(ΔY)(fは単調増加関数)と一般化される。
しかしなお、加速度原理には投資資金調達の側面からの考慮がなされていないなど、現実の投資を説明するには不十分な点があるとされ、各種の修正が考えられているが、まだ定説をみるに至っていない。
[内島敏之]
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…この事実をとらえて,投資が基本的には生産物の需要の変化と密接な関係があるらしいというアイデアにしたがって,投資は需要の変化に加速的に反応誘発されるという一種の経験法則が注目された。これを投資の加速度原理という。さらに,この加速度原理と同一の現象を投資と企業利潤との関係として観察すると,両者の間にかなり密接な関係が見いだされる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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