労働者の労働と生活をめぐる諸問題を取り上げて調査研究を行い,労働生活の質(労働の質)の向上および労働者の健康と福祉の増進に寄与するための具体的方策について考究する応用科学である。そこで取り上げられる問題は労働力,労働過程と労働力再生産のすべてを含むが,そのなかで労働者の健康と福祉に望ましくない条件,とくに過労やそれに起因する健康障害,職業病や労働災害の原因となり,あるいはそれらを誘発しやすい労働条件,労働環境の各要素について実証的研究を行い,その予防対策を考究する。さらに進んで労働者がより少ない疲労と神経緊張で仕事ができ,生産技術に人間が適応して能力を発揮し伸長し,自己表出を図れるような労働の組織と内容について研究する。また,労働力行使と消費との関係でより望ましい再生産を可能とする生活の時間と内容を指向して労働者の労働生活の実態とその問題点についても究明する。
労働力にかかわる問題では労働者の資質・能力,労働の種類と適性,技能教育,習熟過程,年齢と労働能力,障害者と労働能力,モラール(労働士気)などがある。労働過程に関する問題は数多く労働科学の中核を占める部分で,作業の人的組織,リーダーシップ,職場の人間関係,労働の方法・種類と労働の強度,とくに肉体的作業強度と神経緊張度,動的作業と静的作業および自律的,他律的各作業の心身への影響,労働時間と夜勤・交替制およびそれらの内容と労働負担と疲労,通勤と疲労,作業条件と精神的ストレスおよびその影響,労働方法などの作業条件に起因する健康障害,とくに局所過重負担の影響や情意不安とその防止,労働災害にかかわる人的因子human factorと災害防止,労働生活条件と加齢化現象,労働と至適optimum温度,高温・低温各労働とその影響,労働の種類と照明,粉塵(ふんじん),騒音,振動など物理的有害作業環境ならびに無機・有機各種化学的有害作業環境の測定と評価,有害環境対策,保護具開発とその性能,各種有害作業環境に起因する職業性疾病の本態とその防止や職場における健康管理などがあげられる。さらに再生産にかかわる問題としては労働と栄養,労働者家庭の生活費(とくに最低生活費),生活水準,労働者と家族の生活時間,とくに労働と休養・睡眠および余暇活動などがあり,職場の福利厚生の問題も取り上げられる。
上記のような問題の取上げ方の視点からも知られるように,別の表現をすれば,労働科学は,人間の自然性にできるだけかなった労働力の合理的な活用と労働保護を通して企業経営の健全化に資するため,産業と生産技術の発展段階に応じて現出する労働者の労働生活をめぐる諸問題を取り上げ,医学,生理学,心理学,人間工学,衛生学や社会科学などの各分野から,またしばしばそれらの学際的協力によって研究調査を行い,その成果を労使双方や社会政策のために提供してきた科学である,ということができる。日本の産業の発展のなかで重要な地歩を占めてきた婦人労働についても,この見地から,労働科学は数多くの問題を取り上げ研究してきた。労働科学では人間の肉体的ないし精神的活動,たとえば特定の機器操作の手指作業やシミュレーターによる情報処理作業,温湿度,照明,振動,騒音等環境条件の人間の心身に及ぼす影響や特定の化学物質の有害性などについて実験室内の実験的研究も重視されるが,それは現実の労働をめぐる諸関連について科学的認識をより確実とするためで,なによりも各種産業の現場研究が最も重視される。F.W.テーラーは公平な1日の仕事量決定のため作業を単純な要素動作に分解し,その一々の要素動作を熟練者についてストップウォッチで計測し,最大の仕事の効率を収めるための標準作業動作を提唱し(1911),その流れが今日に至っているが(〈科学的管理法〉の項参照),このテーラー・システムに対し労働科学は労働の結果としての疲労とパフォーマンス(実際の仕事の質・量,生産高など)をともに客観的に把握し,労働力保全の視点を重視して望ましいパフォーマンスを収めうるような労働の組織と内容を問題とする。
産業はその発達の過程で人間労働の機械への従属や生産至上主義の経営管理を生みだし,働く人間にとって好ましくないさまざまな要素を労働条件の中に現出させてきた。産業革命の初期には幼年労働や婦人の超長時間労働や深夜業が,その悲惨さのゆえに社会問題となった。ただし当初はもっぱら人道主義の見地からの対応にとどまった。重化学工業や機械工業の進展,とくに第1次大戦中の無理な労働のもとで労働者の過労や疾病,労働災害が続発したこともあって,その防止と人間労働を合理的なものにするための組織的な科学的研究の必要が生じ,第1次大戦前後にかけ,欧米の大学,政府機関内に,あるいは単独の研究所として,そのための機関が相次いで発足をみた。1904年ベルギーに社会問題研究のためソルベー研究所ができ,社会問題や労働問題の生理・心理学的研究と社会・経済学的研究が着手され,そこの研究員ヨーテーキョーJasefa Ioteykoの著《労働と労働組織の科学》(1917)が世に出た。今日,日本で使われている労働科学の語はこの著書名中のscience du travailの訳語として,暉峻義等(てるおかぎとう)によって最初に付けられた。彼は21年大原孫三郎の要請と援助のもとで,紡績女工の健康と労働力保全のために彼の工場に設立された研究所(労働科学研究所)に,30年間その所長として研究を主宰した。上記ソルベー研究所の報告には労働時間の短縮,労働者の疲労,人間労働の生理・心理学的研究,人間と機械の関係などがあり,今日の労働科学の概念による労働問題の科学的研究がベルギーで最初に発足した。
執筆者:斉藤 一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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