国連は、障害者を、国際障害者年(1981)に関する文書において「その人間的なニーズ(要求)をみたすのに特別な困難をもつ普通の市民」と表現している(「国際障害者年行動計画」1980年)。さらに国連は、2006年12月に採択した障害者の権利に関する条約において、障害を単に個人の心身の状態とせず、「障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用」によって生じるものといい、さらに障害者とは、そうした障害があるために社会に参加するうえでの困難をもつ者だとしている。
こうした、障害を環境との相互作用でとらえ、かつ障害に起因する生活上の特別なニーズをもつ者として障害者を定義する国際的動向を踏まえ、2011年(平成23)8月、障害者基本法(1970年制定時は心身障害者対策基本法)が改正された。改正法は障害者を「身体障害、知的障害、精神障害その他心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義した。前段に「その他の障害」を組み入れ、身体障害、知的障害、精神障害の3障害に限定していたこれまでの対象障害を拡大したこと、後段に社会の未整備が障害を生むという考え方が取り入れられたことが旧法からの改善である。
今後、「継続的」、「相当な生活上の制限」を具体的にどのように範囲を規定するかという問題が、法定義上の課題として残されている。
[中村尚子]
障害者は、日本国憲法の下、国民としての基本的な権利が無条件に保障されているのだから、医療や教育、雇用、住宅など、暮らしにかかわる法律一般が障害者を例外扱いしないことが原則である。しかし実際には、障害に配慮した特別な施策がなければ、あらゆる面で生活を営むうえで困難が生じる。したがって、一般法規、障害関係法規の双方において施策が講じられなければならない。
一般法規における障害者への規定については、障害のある子どもの保育や教育に関する児童福祉法や学校教育法、生活の基盤となる障害基礎年金に関する国民年金法、所得税の減免に関する所得税法、選挙時の政見放送における手話通訳に関する公職選挙法などが例示できる。並行して、障害者を対象とした各種手当、雇用促進、福祉サービスなどに関する法律が定められている。
こうした施策を推進する国や地方公共団体の責務を明らかにした法律が障害者基本法である。障害者基本法は、障害者が障害のない人と同じく基本的人権が保障され、個人の尊厳の尊重とその尊厳にふさわしい生活を保障される権利、社会の一員としてあらゆる分野の活動に参加する機会の保障などの基本原則、医療、教育、雇用、年金など基本施策のあり方を示している。政府はこれら総合的施策に関する障害者基本計画を策定する義務を負い、その進捗(しんちょく)状況を毎年、国会に報告する。なお、障害者基本計画の実施を監視し、必要に応じて政府に勧告を行う障害者政策委員会を内閣府内に設置することになっている。
[中村尚子]
政府の調査によれば、日本の障害者数は身体障害者(児)436万人、知的障害者(児)108万人、精神障害者392万人である(内閣府『障害者白書平成29年版』)。
障害者の生活ともっとも密接にかかわるのが福祉施策である。戦後、日本の障害者福祉は、身体障害、知的障害、精神障害の3障害について個別の法規に基づいて実施されてきた。身体障害者福祉法(1949)、知的障害者福祉法(1960)、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法、1995年)である。2006年(平成18)4月、障害者自立支援法施行により、福祉サービスは、障害の種類による区別をせず、その目的に応じて介護を中心とする「介護給付」、心身状態の回復や就労に向けた訓練を中心とする「訓練等給付」などに再編された。たとえば、一般就労が困難な身体障害者、知的障害者それぞれのためにあった授産施設は、障害の種類を問わずに、必要な訓練をする就労移行支援事業もしくは就労継続支援事業へ移行した。そのほか、障害者自立支援法は、福祉サービスの提供主体の市町村一元化、サービスを受ける資格認定のための全国一律の決定システムを導入、さらに定率の利用者負担などに特徴がある。
なお、身体障害等の障害認定、それぞれの障害者手帳の交付は、身体障害者福祉法をはじめとする3障害福祉法に依(よ)っている。
障害者に対する就労上の特別の施策として、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法)がある。この法律は民間企業や国・地方公共団体に対して障害者を一定の割合で雇用することを義務づけたものである(障害者雇用率制度)。1960年(昭和35)の制定以降、4回の改正を経て、2018年(平成30)時点で、民間企業2.2%、国・地方公共団体2.5%の雇用率が定められている(民間企業の法定雇用率は今後さらに0.1%引き上げられる予定)。しかし、法定雇用率はいまだ達成されていない。民間企業に対しては、未達成企業から納付金を徴収し、達成企業には助成金を支給する制度もある。
障害児の学校教育は、障害のない子どもと同じく、7歳から15歳までは義務教育であり、学校教育法に特別支援教育として規定されている。2007年施行の改正学校教育法によって、障害ごとの盲学校、聾(ろう)学校、養護学校(肢体不自由、知的障害、病弱)が障害種別をとらない特別支援学校となった。一般の小・中学校および一部の高等学校内には特別支援学級が設置できるほか、通常の学級に在籍しながら、部分的に障害に応じた指導を受ける通級指導の制度がある。なお、通常学級に比較的障害の軽い子どもが在籍する場合も多く、小・中学校への必要な支援を行うことも特別支援学校の役割である。
[中村尚子]
『糸賀一雄著『この子らを世の光に』復刊(2003・日本放送出版協会)』▽『玉村公二彦著『障害児の発達理解と教育指導――「重症心身障害」から「軽度発達障害」まで』(2005・三学出版)』▽『斉藤くるみ著『少数言語としての手話』(2007/複製・2016・東京大学出版会)』▽『山本おさむ著『どんぐりの家~それから』(2007・小学館)』▽『長瀬修・東俊裕・川島聡編『障害者の権利条約と日本――概要と展望』(2008/増補改訂版・2012・生活書院)』▽『中野敏子著『社会福祉学は「知的障害者」に向き合えたか』(2009・高菅出版)』▽『伊藤周平著『障害者自立支援法と権利保障――高齢者・障害者総合福祉法に向けて』(2009・明石書店)』▽『藤井克徳著『見えないけれど観えるもの』(2010・やどかり出版)』▽『清水貞夫著『インクルーシブな社会をめざして』(2010・クリエイツかもがわ)』▽『障害者職業総合センター編・刊『欧米の障害者雇用法制及び施策の現状』(2011)』▽『井上英夫他編著『障害をもつ人々の社会参加と参政権』(2011・法律文化社)』▽『福島智著『盲ろう者として生きて――指点字によるコミュニケーションの復活と再生』(2011・明石書店)』▽『日本発達障害福祉連盟編『発達障害白書』各年版(明石書店)』▽『佐藤久夫・小澤温著『障害者福祉の世界』第5版(2016・有斐閣)』▽『内閣府編『障害者白書』各年版(勝美印刷)』▽『茂木俊彦著『障害児教育を考える』(岩波新書)』
[障害の社会モデル]
2011年(平成23)に改正された障害者基本法は,障害者の定義を「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて,障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」としている。重要なのは,従来はなかった「社会的障壁」が加筆された点である。社会的障壁を同法は「障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物,制度,慣行,観念その他一切のもの」と新たに定義した(2条)。
この改正は,2006年12月国連総会によって採択された「障害者には,長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む」(1条)と規定している,障害者の権利に関する条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities,障害者権利条約)を批准するための国内措置として行われた。なお日本政府は同条約を2014年1月に批准している。
このように社会の障壁によって不利益や抑圧を受けている存在として障害者を位置付けるのは,障害学(disability studies)が生み出した障害の社会モデルの特徴である。この社会モデルによって,障害者観は個人の問題から社会の問題へと大きな転換を遂げている。
[差別禁止と合理的配慮]
2013年6月に成立した障害者差別解消法は,日本の法体系の中で初めて,差別を法の名称に含む画期的な法律である。同法は差別の禁止を基本原則とする障害者基本法に基づき,行政機関と事業者に対して「障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより,障害者の権利利益を侵害してはならない」と規定した(7条,8条)。また行政機関については,合理的配慮を義務付け,事業主に対しても努力義務を課している。
合理的配慮(reasonable accommodation)の概念は,アメリカ合衆国における1964年の公民権法による宗教差別禁止に起源を持ち,73年改正リハビリテーション法(アメリカ)によって障害を理由とする差別を禁止する文脈で導入され,90年の米国障害者法(Americans with Disabilities Act)によって国際的に広まった。そうした背景を受けて,過重な負担ではない合理的配慮の欠如は,2006年の障害者権利条約によって,差別の一類型として国際人権法上でも明確に位置付けられている。合理的配慮自体は常識的なものが多い。たとえば,視覚障害者には音声情報や文書のデータ情報や点訳だったり,ろう者には手話通訳,難聴者にはノートテイクや文字通訳,車いす利用者にはスロープや車いす用トイレである。精神障害者の休憩室,発達障害者が集中できる環境なども含まれる。合理的配慮には,あくまで障害者一人一人によって異なる変更や調整という特質がある。
[障害学生と大学]
独立行政法人日本学生支援機構が全国の大学,短期大学および高等専門学校を対象に障害学生の修学支援に関する調査を行った結果,障害学生数は1万1768人で,全学生数に対する割合はわずかに0.37%という数字が出ている(2013年)。障害種別では視覚障害,聴覚障害,肢体不自由,精神障害,発達障害などがある。近年,そのニーズが把握されるようになった発達障害者については,2005年に施行された発達障害者支援法が「大学及び高等専門学校は,発達障害者の障害の状態に応じ,適切な教育上の配慮をするものとする」としている(8条)。
政府は,2013年9月に策定した新たな障害者基本計画(2013~18年度)の「高等教育における支援の推進」の項目で,「大学等が提供する様々な機会において,障害のある学生が障害のない学生と平等に参加できるよう,授業等における情報保障やコミュニケーション上の配慮,教科書・教材に関する配慮等を促進するとともに,施設のバリアフリー化を推進する」としているほか,受験での配慮を求めている。また,「入試における配慮の内容,施設のバリアフリー化の状況,学生に対する支援内容・支援体制,障害のある学生の受入れ実績等に関する各大学等の情報公開を促進する」としている。障害者差別解消法は2016年4月に施行された。受験時を含め,大学における差別禁止そして合理的配慮の提供確保は大きな課題である。従来とは異なり,法的な平等確保と差別禁止という文脈で障害学生への対応が大学には求められる。
著者: 長瀬修
参考文献: 石川准・長瀬修編著『障害学への招待』明石書店,1999.
参考文献: 杉野昭博『障害学―理論形成と射程』東京大学出版会,2007.
参考文献: 日本学生支援機構『大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書 平成24年度』,2013.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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