(読み)におう

精選版 日本国語大辞典 「匂」の意味・読み・例文・類語

にお・う にほふ【匂】

[1] 〘自ワ五(ハ四)〙 にほ・ふ 〘自ハ四〙 色がきわだつ、または美しく映える。また、何やら発散するもの、ただよい出るものが感じ取られる。
① 赤などのあざやかな色が、光を放つように花やかに印象づけられることをいう。色が明るく映える。あざやかに色づく。古代では、特に赤く色づく意で用いられたが、次第に他の色にもいうようになった。
※万葉(8C後)一九・四一三九「春の苑(その)(くれなゐ)爾保布(ニホフ)桃の花下照る道に出で立つ(をとめ)
※今鏡(1170)五「后十五重なりたる白き御衣奉りたる御袖口の、白浪立ちたるやうににほひたりけるを」
② 他のものの色がうつる。染まる。
※万葉(8C後)八・一五三二「草枕旅行く人も往き触れば爾保比(ニホヒ)ぬべくも咲ける萩かも」
③ 明るく照り映える。つやつやとした光沢をもつ。美しく、つややかである。中世になると、ほのぼのと美しい明るさにもいうようになった。
※万葉(8C後)四・四九五「朝日影爾保敝(ニホヘ)る山に照る月の飽かざる君を山越しに置きて」
※源氏(1001‐14頃)澪標「女君かほはいとあかくにほひて、こぼるばかりの御あいぎゃうにて」
④ (「臭」とも書く) 嗅覚を刺激する気がただよい出る。香り、臭(くさ)みなどが感じられる。
※万葉(8C後)一七・三九一六「橘(たちばな)の爾保敝(ニホヘ)る香かもほととぎす鳴く夜の雨にうつろひぬらむ」
落窪(10C後)一「万に物の香くさくにほひたるがわびしければ」
⑤ 花がつややかに美しく咲く。咲きほこる。
※伊勢物語(10C前)九〇「さくら花けふこそかくもにほふともあなたのみがたあすのよのこと」
⑥ 生き生きとした美しさや魅力が、内部からあふれ出るように、その人のまわりにただよって感じられる。うるわしくある。
※万葉(8C後)一・二一「紫の爾保敝(ニホヘ)る妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも」
※浜松中納言(11C中)一「愛敬のこぼるばかりににほへるかたは」
⑦ 世に栄える。また、影響を受けて周囲のものまで花やかに栄える。引き立てられる。
※源氏(1001‐14頃)真木柱「人ひとりを思ひかしづき給はんゆゑは、ほとりまでもにほふためしこそあれ」
⑧ 染色もしくは襲(かさね)の色目を、濃い色からしだいに薄くぼかしてある。また、ある色からある色へしだいに変化するように配色してある。
讚岐典侍(1108頃)下「五節のをり著たりし黄なるより紅までにほひたりし紅葉どもに、えびぞめのからぎぬとかや著たりし」
⑨ 何となくそれらしい気配が感じられる。あまりよくないことについていう。「どうやらにおってきた」
[2] 〘他ハ四〙
① 香りを発散させる。
※古今(905‐914)冬・三三五「花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく〈小野篁〉」
匂いをかぐ。かぎわける。
俳諧・続寒菊(1780)「暖ふなりてもあけぬ北の窓〈野坡〉 徳利匂ふて酢を買にゆく〈芭蕉〉」
[3] 〘他ハ下二〙 美しく染める。におわせる。
※万葉(8C後)一六・三八〇一「住吉岸野の榛(はり)に丹穂所経(ニホフれ)ど匂はぬ我や匂ひて居らむ」
[語誌](1)「万葉集」では、一首のうちに表意表記(正訓)を用いながら「にほふ」については「爾保布」「爾保敝」等仮名書きにした例が五〇首ほどあり、そのうち嗅覚に関すると認められるものは数例にとどまる。また、「にほふ」と読まれるべき漢字としては、「香」「薫」「艷」「艷色」「染」の五種が七首に見える。そのうち、「香」「薫」は漢字としてはもともと嗅覚に関するが、視覚的な情況に用いられている。
(2)「万葉集」では、赤系統を主体とする明るく華やかな色彩・光沢が発散し、辺りに映えるという、視覚的概念の用例が圧倒的だが、「万葉集」末期には、よい香が辺りに発散することにも用いられ始める。中世には、音・声などの聴覚的概念に用いた例も見え、時代が降るにつれ、「にほふ」の対象及びその属性・意味概念の範囲は広がりを見せる。

におい にほひ【匂】

〘名〙 (動詞「におう(匂)」の連用形の名詞化)
① あざやかに映えて見える色あい。色つや。古くは、もみじや花など、赤を基調とする色あいについていった。そのものから発する色あい、光をうけてはえる色、また染色の色あいなどさまざまな場合にもいい、中世にはあざやかな色あいよりもほのぼのとした明るさを表わすようになった。→「におう(匂)」の語誌。
※万葉(8C後)一〇・二一八八「黄葉(もみちば)の丹穂日(にほひ)は繁ししかれども妻梨(つまなし)の木を手折りかざさむ」
無名抄(1211頃)「白き色の異なるにほひもなけれど、もろもろの色に優れたるがごとし」
② 人の内部から発散してくる生き生きとした美しさ。あふれるような美しさ。優しさ、美的なセンスなど、内面的なもののあらわれにもいう。
※万葉(8C後)一八・四一一四「なでしこが花見るごとにをとめらが笑まひの爾保比(ニホヒ)思ほゆるかも」
※源氏(1001‐14頃)総角「けたかくおはするものから、なつかしくにほひある心ざまぞ劣り給へりける」
③ 花やかに人目をひくありさま。見栄えのするさま。栄華のさま。威光。光彩。
※源氏(1001‐14頃)鈴虫「故権大納言、なにの折々にも、なきにつけて、いとどしのばるること多く、おほやけわたくし、物の折ふしのにほひうせたる心ちこそすれ」
④ (「臭」とも) ただよい出て嗅覚を刺激する気。かおり、くさみなど。悪いにおいについて「臭」とも書く。
※古今(905‐914)春上・四七「散ると見てあるべきものを梅の花うたてにほひの袖にとまれる〈素性〉」
※花ごもり(1894)〈樋口一葉〉二「悪臭(ニホヒ)に寄る青蠅の様に」
⑤ 声が、張りがあって豊かで美しいさま。声のつやっぽさ。声のなまめかしさ。中世になると、心にしみるような感じをもいう。
※とりかへばや(12C後)上「こたへたるこゑも、いみじうにほひあり」
⑥ そのもののうちにどことなくただよう、気配、気分、情趣。ただよい流れる雰囲気。
(イ) 文芸・美術などでそのものにあらわれている魅力、美しさ、妙趣など。
※源氏(1001‐14頃)梅枝「故入道の宮の御手は、いと気色ふかうなまめきたる筋はありしかど〈略〉にほひぞすくなかりし」
(ロ) 能で、余韻、情趣。特に、謡から舞へ、あるいは次の謡へ移るとき、その間あいにかもし出される余韻。
※花鏡(1424)無声為根「舞は音声より出でずば、感あるべからず。一声のにほひより、舞へ移るさかひにて、妙力あるべし」
(ハ) 和歌・俳諧で、余韻、余情。特に、蕉風俳諧で、前句にただよっている余情と、それを感じとって付けた付け句の間にかもし出される情趣。→匂付け
※無名抄(1211頃)「一には、させる事なけれど、ただ詞続きにほひ深くいひなかしつれば、よろしく聞こゆ」
(ニ) あるものごとの存在や印象を示しながら漂っている気配、雰囲気、気分など。
※若菜集(1897)〈島崎藤村〉深林の逍遙「春の草花彫刻の 鑿(のみ)の韻(ニホヒ)もとどめじな」
※東京の三十年(1917)〈田山花袋〉白鳥氏と秋江氏「その一時代前の臭ひを脱することが出来ない」
(ホ) 事件の、それらしい徴候。「犯罪のにおいがする」
⑦ 濃い色からだんだん薄くなっていくこと。ぼかし。
(イ) 染色または襲(かさね)の色目にいう。
※源氏(1001‐14頃)玉鬘「かかるすぢはたいとすぐれて、世になき色あひ、にほひを染めつけ給へば」
※今鏡(1170)四「女房の車いろいろにもみぢのにほひいだしなどして」
※平家(13C前)七「経正其の日は紫地の錦の直垂に、萌黄の匂の鎧きて」
(ハ) 黛(まゆずみ)で眉を描いてぼかした部分。
(ニ) 日本刀の刃と地膚の境に煙のように見える文様。〔鎧色談(1771)〕

におわ・す にほはす【匂】

〘他サ五(四)〙
① つややかに美しく染める。色美しくする。彩色する。
※万葉(8C後)一・五七「引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱れ衣爾保波勢(ニホハセ)旅のしるしに」
※源氏(1001‐14頃)末摘花「てつからこのあかはなをかきつけにほはしてみ給ふに」
② かおらせる。においや臭(くさ)みがあるようにする。悪いにおいについては「臭わす」とも書く。
※古今(905‐914)秋上・二三九「なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす〈藤原敏行〉」
③ 染色、襲(かさね)の色目、鎧のおどしなどで、濃い色からしだいに薄くぼかしていく。
※栄花(1028‐92頃)根合「女房色々を三つづつにほはして十五に、紅のうちたるもえぎの織物の表著(うわぎ)也」
④ それとなく暗示する。ほのめかす。におわせる。
※源氏(1001‐14頃)若菜下「今なむとだににほはし給はざりけるつらさを、浅からず聞え給ふ」

におわしい にほはしい【匂】

〘形シク〙 においやかである。つややかに美しい。
※源氏(1001‐14頃)藤裏葉「あざやかににほはしき所は、添ひてさへ見ゆ」
におわし‐げ
〘形動〙
におわし‐さ
〘名〙

にお・す にほす【匂】

〘他サ四〙 匂うようにする。木、草、赤土などで色をつける。染める。色づける。
※万葉(8C後)一六・三七九一「住吉(すみのえ)の 遠里小野の ま榛(はり)もち 丹穂之(にほシ)し衣に」

にお・ゆ にほゆ【匂】

〘自ヤ下二〙 (「におう」の古い形と考えられる。→におえおとめ) =におう(匂)

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