北家(読み)ホッケ

デジタル大辞泉 「北家」の意味・読み・例文・類語

ほっ‐け〔ホク‐〕【北家】

藤原氏四家の一。不比等ふひとの二男房前ふささきを祖とする。四家のうち最も栄えた。のちの摂関家系統

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精選版 日本国語大辞典 「北家」の意味・読み・例文・類語

ほっ‐けホク‥【北家】

  1. 藤原氏の四家(南家・北家・式家京家)の一つ。藤原不比等の第二子房前(ふささき)を祖とし、良房などが出て、四家のうち最も栄えた。
    1. [初出の実例]「その武智麿をば南家となづけ、二郎房前をば北家となづけ」(出典:大鏡(12C前)五)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「北家」の意味・わかりやすい解説

北家(藤原氏)
ほっけ

藤原四家の一つ。不比等(ふひと)の二男房前(ふささき)を祖とする。兄武智麻呂(むちまろ)(南家の祖)邸の北に邸があった。冬嗣(ふゆつぐ)・良房(よしふさ)が出て繁栄、藤原氏主流となった。道長(みちなが)のとき全盛

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「北家」の意味・わかりやすい解説

北家
ほっけ

藤原氏四家の一つ。不比等 (ふひと) の次男房前を始祖とする。その号は邸宅位置 (南家の北) にちなんだもの。南家式家京家ともまもなく衰退したが,北家は平安時代以降栄え,藤原冬嗣嵯峨天皇信任を得て蔵人頭となり,子の良房は人臣初の太政大臣摂政となって藤原時代盛時の端を開いた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「北家」の解説

北家
ほっけ

藤原四家の一つ。不比等(ふひと)の次男房前(ふささき)の別称。平城宮の北にその邸宅が所在したことにちなみ,子孫も北家と称した。嵯峨朝に内麻呂・冬嗣(ふゆつぐ)が活躍して嫡流となり,人臣初の摂政良房(よしふさ)や初代関白基経(もとつね)らを輩出。一時中断した摂関を再開した忠平,その次男師輔(もろすけ)の子孫が代々摂関を継承し,3人の女を中宮にした道長に至り全盛期を迎える。摂関家はのち近衛・鷹司(たかつかさ)・九条・二条・一条の五摂家にわかれ,明治維新まで続く。

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旺文社日本史事典 三訂版 「北家」の解説

北家
ほっけ

藤原四家の一つ
不比等 (ふひと) の2男房前 (ふささき) が祖。平安時代,冬嗣が蔵人頭 (くろうどのとう) となり北家隆盛の基礎をつくり,子良房は臣下として最初の摂政,その養子基経は関白となった。以後皇室との姻戚関係を重ね他氏排斥にも成功し,摂関の地位を独占した。道長・頼通父子の時に最も繁栄。鎌倉時代に五摂家に分立した。

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百科事典マイペディア 「北家」の意味・わかりやすい解説

北家【ほっけ】

藤原氏

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世界大百科事典(旧版)内の北家の言及

【藤原氏】より

…日本の代表的な貴族。大化改新後の天智朝に中臣氏から出て,奈良時代には朝廷で最も有力な氏となり,平安時代に入るとそのなかの北家(ほくけ)が摂政や関白を独占し歴代天皇の外戚となって,平安時代の中期は藤原時代ともよばれるほどに繁栄した。鎌倉時代からはそれが近衛(このえ)家二条家一条家九条家鷹司(たかつかさ)家の五摂家に分かれたが,以後も近代初頭に至るまで,数多くの支流を含む一族全体が朝廷では圧倒的な地位を維持し続けた。…

※「北家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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