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北辰一刀流 ホクシンイットウリュウ

5件 の用語解説(北辰一刀流の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ほくしん‐いっとうりゅう〔‐イツタウリウ〕【北×辰一刀流】

剣術の一流派。幕末三剣士の一人千葉周作が、北辰夢想流と一刀流から創始したといわれる。

出典|小学館
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

北辰一刀流

幕末の剣豪・千葉周作が編み出した剣術の流派。技を体系的かつ合理的に整理し、現代の剣道に大きな影響を与えた。周作が開いた道場「玄武館」は江戸の三大道場の一つとされ、多くの門弟が集まった。坂本龍馬は千葉一門の道場で修行した。

(2015-10-16 朝日新聞 朝刊 高知全県・1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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世界大百科事典 第2版の解説

ほくしんいっとうりゅう【北辰一刀流】

幕末に隆盛した剣術流派。流祖は千葉周作。周作は一刀流を中西忠兵衛子正(たねまさ)およびその門人浅利又七郎義信から学び,免許階級制や技術体系を近代的な形に改革して北辰一刀流とした。兄弟,子どもがいずれも剣に優れ,江戸神田お玉ヶ池の道場〈玄武館〉は江戸四大道場の随一といわれた。門人からも森要蔵,塚田孔平などの名剣士や坂本竜馬など維新に活躍した人材を多数輩出した。明治以降,現代に至る近代剣道に,技術の体系や理論上最も大きな影響を与えている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

ほくしんいっとうりゅう【北辰一刀流】

剣術の一派。流祖は千葉周作。家の流儀北辰夢想流に、小野派一刀流・中西派一刀流の剣法を加え一派を成した。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北辰一刀流
ほくしんいっとうりゅう

幕末に台頭した剣術の一流派、本伝北辰流に別伝一刀流の合流。始祖は千葉周作成政(ちばしゅうさくなりまさ)(1794―1855)。周作は陸奥国(むつのくに)栗原(くりはら)郡荒谷(あらや)村(宮城県大崎(おおさき)市。異説もある)の出身で、幼児より剣を好み、父忠左衛門に家伝の北辰流を学んで異才を現し、父子で江戸を目ざして水戸道中松戸宿(千葉県松戸市)に来住し、父は馬医を開業し、周作は一刀流中西派の浅利又七郎義信(よしのぶ)の門に入った。ここで天賦の英才を認められ、さらに宗家の中西忠兵衛子正(つぐまさ)のもとで修行3年、文政(ぶんせい)初年免許皆伝を受け、諸国歴遊に出て、伝統的な一刀流兵法を改組する必要を痛感し、自らの創意工夫を加えて北辰一刀流を唱えた。1822年(文政5)日本橋品川町に初めて道場を開き、玄武館(げんぶかん)と称した。その柔軟な教授法と昇級制の簡略化などで人気を博し、門人の急増のため、神田お玉が池に拡張移転した。弟の定吉(さだきち)も京橋桶町に道場をもち、長男の奇蘇太郎(きそたろう)、次男栄次郎(えいじろう)、三男道三郎(どうさぶろう)、四男多門四郎(たもんしろう)らも資質に恵まれ、門人中にも水戸藩に仕えた海保帆平(かいほはんぺい)をはじめ、井上八郎、大羽藤蔵(おおばとうぞう)、庄司弁吉(しょうじべんきち)、塚田孔平(つかだこうへい)らの優れた剣客を輩出し、当時浅草観音(かんのん)に奉納した献額には一族一門の連名者3600人に及んだという。[渡邉一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の北辰一刀流の言及

【千葉周作】より

…幕末の剣客で,北辰一刀流の流祖。字は成政,号は屠竜。…

※「北辰一刀流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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