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南スーダン(読み)みなみスーダン(英語表記)South Sudan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南スーダン
みなみスーダン
South Sudan

正式名称 南スーダン共和国 The Republic of South Sudan。
面積 64万4330km2
人口 915万(2011推計)。
首都 ジューバ

アフリカ大陸北東部に位置する国。北はスーダン,東はエチオピア,南はケニア,ウガンダ,コンゴ民主共和国,西は中央アフリカ共和国に接する。ナイル川水系のアラブ川ガザール川ジャバル川ソバト川ホワイトナイル川が広大な平原地帯と高原地帯を流れる。中央には粘土平原が広がり,中心部に巨大な沼沢地帯のスッド地方がある。最高地点はウガンダとの国境付近にあるキンイェティ山(3187m)。住民の大半がキリスト教,アフリカ伝統宗教を信仰する黒人。ナイル語系諸族(ナイロート)が最も多い。サバナ地帯,湿地帯,熱帯雨林を擁する多様な生態系のもと,野生動植物の種が豊富に存在する。熱帯性気候で雨季と乾季がある。1820年にオスマン帝国のエジプト太守ムハンマド・アリースーダン地方を征服したあと,南部では奴隷取引が盛んに行なわれた。19世紀末,イギリスとエジプトの共同統治領となった。1956年のスーダン共和国(→スーダン)独立以後,イスラム法(シャリーア)とイスラム文化を導入することに積極的な北部指導層と,この政策に反対する勢力との間で抗争が勃発。反対派には南部住民の大多数が加わった。抗争は長期に及ぶ内戦へと発展,エチオピアの和平調停による 1972年のアジスアベバ協定で一時終結したものの,広範囲で戦闘が再開,1983年には第2次内戦に突入した。2005年,包括和平協定が調印され,南部スーダンに一定の自治が認められた。2011年1月,北部からの完全独立の是非を問う住民投票を実施。その結果,2011年7月9日,南スーダンは独立を宣言した。(→スーダン内戦

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

南スーダン

2011年7月にスーダンから分離独立したが、石油利権などをめぐりキール大統領とマシャル副大統領(当時)が対立。13年12月に政府軍と反政府勢力が衝突、内戦状態になった。戦闘は収まらず、16年7月に首都ジュバで大規模な戦闘が勃発。地方にも飛び火し、泥沼化している。人口約1200万人のうち約180万人が国外に逃れ、約200万人が国内避難民になっている。

(2017-05-30 朝日新聞 朝刊 1外報)

南スーダン

2011年7月、スーダンから分離独立。石油利権などをめぐってキール大統領とマシャル副大統領(当時)が対立し、13年12月に政府軍と反政府勢力が衝突して内戦となった。16年7月には首都ジュバで大規模戦闘が発生。家畜や土地をめぐる争いも絶えず、人口約1200万人のうち約250万人が難民、約180万人が国内避難民になっている。

(2018-05-21 朝日新聞 朝刊 1外報)

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百科事典マイペディアの解説

南スーダン【みなみスーダン】

◎正式名称−南スーダン共和国The Republic of South Sudan。◎面積−64万4329km2。◎人口−1031万人(2011)。◎首都−ジュバ(23万人,2008)。◎住民−ディンカ族,シルク族,ヌエル族など。◎宗教−キリスト教,伝統宗教。◎言語−英語(公用語)。ディンカ語,ヌエル語など。◎通貨−南スーダン・ポンドSSP。◎元首−大統領,サルバ・キール・マヤルディトSalva KIIR Mayardit(1951年生れ,2011年7月就任)。◎GDP−192億ドル程度(2011)。◎1人当りGNI−984ドル程度(2011)。◎識字率−27%(2009)。    *    *アフリカの北東部,ナイル川水系の上流部に位置する内陸国。2011年7月,スーダン共和国から南部の南スーダン自治政府が分離独立して成立。国土の中央を白ナイル川が南北に縦貫し,その流域には平原やサバンナが拡がり,世界有数の大湿地帯〈スッド湿地〉がある。また南部のウガンダとの国境には3000mを越える山地が連なっている。おもな産業は石油で,綿花,落花生などの農業やチーク材などの林業も行われているが,国家収入のほとんどが石油に依存,非石油産業の育成が課題となっている。民族はディンカ族,シルク族,ヌエル族などで,公用語は英語である。スーダンは1956年の独立だが,イスラム化を進めるアラブ系の北部と,伝統宗教を信じる人々とキリスト教徒も存在する南部とが統一して発足,南北は対立関係にあった。南部で石油が発見されると,資源をめぐって対立が激化し内戦状態に陥った。2002年ケニアでスーダン政府と南のスーダン人民解放運動・スーダン人民解放軍(SPLM/SPLA)との間に和平が成立,2005年には南北包括和平合意(CPA)が調印された。この結果,南に南部スーダン自治政府が樹立された。その後,2011年1月南スーダンで独立の是非を問う国民投票が行われ,分離独立派が勝利,同年7月9日に独立を果たし,ただちに国連に加盟を認められた(2011年7月14日)。しかし南北を合わせるとアフリカ大陸第6位の産油量があり,8割の油田が南スーダンにあると言われ,さらに南スーダンの原油はスーダンを通るパイプラインを経由して輸出されるため,国境付近の産油地帯の帰属や原油利益の配分をめぐって紛争が続いた。2012年2月,スーダンのバシル大統領は南スーダンとの戦争の可能性について言及,3月,スーダン軍が南スーダンの油田地帯を空爆した。南スーダン軍は国境の油田地帯を制圧,スーダン側は空爆をエスカレートさせ,本格的な地上戦が懸念される情勢となった。4月,サルヴァ・キール大統領は,スーダンの主要な同盟国であり,最大の石油輸出先である中国を訪問し胡錦濤国家主席と会談,中国政府に調停を依頼,中国も強い関心を示した。5月,南スーダンとスーダンは,即時停戦を求める国連安保理の議決の受け入れを表明し,6月,石油利益配分について合意に達したと発表。両国政府は南北交渉及び首脳会談を経て,9月,両国間の未解決課題に関する包括的な9つの合意文書に署名した。しかし,両国とも内部に複数の反政府勢力を抱えており,緊張関係が続いた。2013年4月には,国連平和維持活動(PKO)の部隊(日本の自衛隊も参加)が武装集団に襲撃され12人が死亡する事件も起きている。12月マシャル前副大統領が率いる軍の部隊がクーデタを起して政府軍と戦闘状態に入り,キール大統領のディンカ族とマシャルのヌエル族の間の民族間の対立も加わって,大規模な内戦に発展する事態となった。政府側は反乱軍に対話を呼びかけているが反乱軍は拒否。この事態に,2014年1月スーダンのバルシ大統領は,南スーダンのキール大統領に油田地帯を反乱軍から守るために合同軍結成を提案したが,周辺国の仲介で,エチオピアで和平交渉が開始され,停戦協定が成立,和平協議に入った。しかし2月には再び戦闘が始まり,反乱軍は産油地帯の上ナイル州の州都マラカルを攻撃,事態は混迷の度を深め,2015年に入っても内戦は続いている。国連南スーダン共和国ミッションへ協力するため,日本から国連平和維持活動(PKO)として派遣されている陸上自衛隊の施設部隊は道路等のインフラ整備を行っている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

南スーダン
みなみすーだん
South Sudan

アフリカ中東部の国。2011年7月、スーダン共和国の南部が独立して成立した。正式名称は南スーダン共和国The Republic of South Sudan。北部はスーダン、東部はエチオピア、西部は中央アフリカ、南部はケニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国に接する。面積は64万平方キロメートル。人口826万(2008)。首都はジュバ。ナイル川が国土を南北に貫き、平原やサバンナが広がる。南のウガンダとの国境は3000メートル級の山が連なる山地となっている。また、ナイル川流域は世界有数の湿原を形成している。
 1956年に独立したスーダンは、アラブ系が優勢でイスラム化を推進する北部と、伝統的宗教を信ずる人々およびキリスト教徒も多数いる南部とが統一して発足した。そのため、独立以来、北と南は対立関係にあった。南部で石油が発見されると、資源をめぐって対立は激化した。しかし、2002年ケニアにおいて北のスーダン政府と南のスーダン人民解放運動・スーダン人民解放軍(SPLM/SPLA)との間に和平が成立(マチャコス議定書)、さらに2005年には南北包括和平合意(CPA)が調印された。この結果、南に南部スーダン自治政府が樹立された。その後、2011年1月南スーダンで独立の是非を問う国民投票が行われ、そこでスーダンからの分離独立が選択され、同年7月9日に独立を果たした。初代大統領にはサルバ・キールSalva Kiir(1951― )が就任した。同月14日、国連加盟。
 おもな産業は石油で、綿花、ラッカセイなどの農業やチーク材などの林業も行われている。国家収入のほとんどが石油収入に依存しているため、農林業など非石油産業の育成が課題となっている。民族はディンカ、シルック、ヌエルなどで、公用語は英語が用いられている。[編集部]

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